Event

過去のイベント

第13回会合

今回の会合では、青山学院大学の福井義高氏から「ハイパーインフレーションの原因と結果:第一次世界大戦後のドイツの経験から」と題する報告を受けて討議した。第1次世界大戦でのドイツの敗北からナチス政権誕生に至るおなじみの見方に慣れ親しんできた大方の参加者にとって、意外性・驚き・ショックに満ち、「財政破綻後の日本経済の姿」について考えるうえでも大いに参考になる、興味深い会合であった。
 「財政破綻」とともに現実化し進行する「インフレ」は、上昇率が年率2%や20%などという「穏やか」なものではないし、結果として到達する物価水準も10倍や100倍などというレベルにとどまらないかもしれない。「財政破綻後の姿」について検討するためにも、「破綻後」に至るプロセスやその着地時点の状況の具体的イメージの参考例を知る術はないか。このように考えて、第1次世界大戦後のドイツのhyperinflationの経験に焦点を合わせることとした。
 基本的素材として選択したのは、Brescianin-Turroni, Constantino, The Economics of Inflation: A Study of Currency Depreciation in Post-War Germany, 1914-1923である。1931年にイタリア語版が刊行され、1937年に英語版が刊行された(with foreword by Lionel Robbins)500頁を超える大作である。賠償委員会メンバーなどとしてこの時期のBerlinに滞在したBocconi大学(Milano)の著名教授による、豊富な統計資料を駆使した第一級の研究書である。最近の文献なども参照しながらの周到な報告であった。報告用のスライドとともに、大部の報告用資料をダウンロードできるから、「 そんな馬鹿な・・・」と違和感を覚える読者も、大いに楽しめるはずである。
ドイツのインフレ、あの有名なhyperinflationが現実化したのは1923年秋の8月から11月の短期間であり、ドイツ皇帝が退位した1918年11月やVersailles条約調印の1919年6月から4年以上経過後のことである点に何よりも驚いた。敗戦後の混乱した状況下ですぐに現実化したのではない。敗戦後もかなりの率のインフレが進行し、1922年の高率のインフレの後に半年間以上の安定期を経て、1923年8月から11月までの短期間に物価水準が107倍(つまり10,000,000、1千万倍)になるというhyperinflationが現実化した。これに比べれば、先行する時期のインフレ(あるいは第2次世界大戦後の日本のインフレ)もかすんでしまうだろう。
 第2次世界大戦後の日本なら「戦争終了後の破壊と混乱の中からのスタート」であり、その過程で発生したインフレというイメージとなる。ところが、第1次世界大戦はドイツ国外で戦われたのであり、第2次世界大戦時のような爆撃による破壊などもなかった。当時、アメリカと並ぶ最先進工業国であったドイツには、最新鋭の生産設備・能力が無傷のまま残された。このため、原材料の入手が可能であれば、輸出を含めた販売拡大に供給面の制約は厳しくなかった。もちろん、膨大な戦時債務が残り、戦時賠償が課された。さらに、帝国が崩壊して新政府が誕生し、極端な税収減に対応する必要があったから、状況は容易でなかった。しかし、戦後の日本やソ連崩壊後のロシアなどとは、国内生産設備・能力などの点で基本的条件が異なった。
 税収不足を通貨の増発で賄うというおなじみの「政策」もあってかなりの大インフレとなった。しかし、1923年秋以前にも、生産の拡大は順調であり、インフレ政策下での安定的生産拡大とでも評すべき経済状況が続いた(1980年代後半の日本経済と類似する側面があるかもしれない)。通貨増発を抑制すべきだとの意見は、「そんなことをして景気が停滞し後退してもよいのか」という声に抑え込まれた(これも最新時点のどこかの国に似ているかもしれない)。そこで爆発したのが1923年8月以降のhyperinflationである。短期間で物価水準が107倍になるような経済で何が現実化するかは、札束を乳母車に乗せて途方に暮れる老婆の映像などを象徴として、いろいろイメージできるだろう。
Hyperinflationの時期の首相でありその後も外相として活躍したGustav Stresemannがhyperinflationに終止符を打つための大胆な政策の実施からその後のStabilizationを実現する時期の政治的リーダーである。参考資料7に見る如く物価上昇はピタリと止まり(下落したのではない)、参考資料36に見る如く1人当たりのGDPの落ち込みは短期間かつ小幅であった。いかにしてStabilizationを短期間で実現したか、このtransitionの時期の経済状態はどのようなものか(どうやら大きく混乱したのではない)などの点の検討も、今後の日本に参考になるかもしれない。
 戦後日本の「破壊と混乱からの回復」過程の記憶に大きく左右されることになりそうなこの国の政策論議のためには、第1次大戦後のドイツの経験は解毒剤としても大いに参考になるだろう。この時期のドイツでは、戦時利得税は導入されず、預金封鎖も実施されなかった。
 「財政破綻後の・・・・」に関心のない読者にとっても、今回の内容は興味深いだろう。関連文献も含めて、膨大な資料を整理し、要点を要領よく報告し、尽きることのない参加者の質問・意見に的確に対応していただいた福井さんに深謝します。Bresciani-Turroniの研究書に対応する研究書を第2次世界大戦後の日本に関して誰か書かないかな・・・と素直に思います。見果てぬ夢だなどとは言いたくない。
 報告用スライドと参考資料は下記からダウンロードできます。