東京大学金融教育研究センター
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*金融システム研究フォーラム:これまでの会合
    ※特に断りがない限り、概要紹介三輪芳朗(第1回〜第50回)、
      新井富雄柳川範之(第51回〜)が作成しています。        

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第50回
2012.2.16
(木)

 今回は、大阪大学の太田亘さんから、「不動産業の販売用在庫:法人企業統計調査による分析」と題する報告を受けて討議した。
 前回(第49回)会合での三輪の報告に刺激を受け、ミクロデータ(『法人企業統計年報』の個表データ)を用いて「バブル期」の不動産会社による買取り仲介を含む「地上げ」的行動の実態に迫り、意思決定プロセスと産業全体での規模、それらの時間的変動パターンなど解明することを企図する研究である。とりあえずの初動段階の検討結果を報告し、次の段階に備えるための議論のためにフォーラムの場を活用したいとの申し出に応じたものである。その場限りで提示された検討結果を含め、今回は検討資料等を議事録の付属資料として掲載することはしない。
 三輪の報告では、固定資産のうちの「土地」の残高とその変化に注目した。これに対し、あの時期の土地投資行動、とりわけ不動産会社の「地上げ」的土地投資行動に注目するのであれば、固定資産ではなく流動資産のうちの土地関連項目に注目すべきではないかとの問題提起があった。しかし、流動資産の中に「土地」という項目があるわけではない(「法人企業統計」の調査項目についても同様である)。そこで、不動産会社の「在庫」はすべて「土地」であると仮定して、不動産会社の「在庫」残高およびその変化に注目することを考えた。(この視点に基づく検討結果の概要については第49回に報告した三輪のDPの改訂版の「IV-1-a(補論)」を参照。三輪の結論に重大な修正を必要とするものではない。)
 「在庫」に注目しても、不動産会社は多様である。総資産に占める「在庫」残高の比率が「高い」企業が圧倒的多数だということはないし、「バブル期」に在庫比率を急上昇させた企業がはなはだ多かったということもない。
 そこで、太田氏は、在庫比率が一定比率を超える不動産会社や、比率の上昇幅が一定水準を超える企業に注目し、そのような企業の実態と特徴について明示的に検討することを企図した。在庫回転率を考慮すると、三輪のように単年度のクロスセクション分析に限定するのでは大きな成果が期待できないと考えて、少なくとも2年以上にわたるデータが利用できるケースに関心を限定することとした。「法人企業統計」では、大規模企業を除いて、調査対象企業が原則としてすべて1年で交替する。このため、このような選択は、資本金規模6億円以下の企業に関するデータの活用を原則として断念することを意味する。
 在庫/総資産比率がどの水準を上回る企業に関心を限定するかという点も悩ましい。高く設定すれば、イメージは明確になるとしても、サンプル数が急減するというコストを伴う。
 会合では、具体的数字を設定して「不動産企業」を限定したうえで、たとえば、前期利益と今期の在庫比率の上昇幅の関係、前期の在庫比率の変動と今期の在庫比率の変動の関係などについて検討した結果が報告された。議論は大いに盛り上がった。
 議論の過程で、「不動産会社の現実の投資行動と『在庫』残高の関係の実態はいかなるものか?」「すべては保有在庫として計上されるか?」「関係会社や実質的な委嘱先の『在庫』になるケースはないか?」「すべて正確に時価評価されて計上されるか?」「売れ残った在庫は、どのようなタイミングで固定資産に移行計上されるか?逆方向に移行計上されることはないか?あるとすればどの程度の比重と考えればよいか?」などの業界や取引の実態や会計のルール・慣行などにも関わる論点も提起された。
 話題となることが多かった少数の不動産関連企業に関するエピソードや個別企業関係者の体験談などではなく、不動産業に属する企業全体に関わるバランスの取れた情報・データを求めれば、「法人企業統計」以外の選択肢は存在しない。その個表利用が可能となった現時点で、この統計を通じて「バブル期」の不動産業の状況と不動産会社の行動に改めて光を当てる研究の成果に対する期待は大きく、会合参加者は不満と同時に多方面にわたる「期待」を表明した。報告者も議論から大きな刺激を受けて想定以上の成果が上がったと満足されたようである。同時に、業界関係者をはじめとする事情に詳しい方々からの情報収集の必要性を再認識された。
 興味深い話題を提供された太田さんに深謝します。今回の議事録には付属資料はありません。

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第49回
2011.12.16
(金)

 今回は、三輪が11月末に完成した「“Bubble” or “Boom”?: 『法人企業統計年報』個表を通じた、『失われた20年』研究準備のための1980年代後半期日本経済の検討」と題するDP(CIRJE-J-238, CARF-J-078)について報告し、討議した。200ページを超え、300以上の図表を含む長大な論文であり、表題に示唆する如く、構成も複雑である。このため、報告用資料の(1)に示す部分を中心に報告し、(2)の部分については簡単に覗くのみにした。
 1980年代後半の日本経済については、その直後から「バブルの時代」と呼ぶのが慣例となり、投資行動を中心とする企業・家計の行動を「バブル的」と批判・非難することに性急で、実相を正視してこなかった。本格的研究の対象となることもほとんどなかった。続く「失われた20年」と呼ばれる長期停滞の時代についても、「バブル」の後遺症・ツケと診断し、それに基づく処方を採用し続けてきた。日本経済停滞の継続はこの処方の不徹底、規模の小ささによるとする主張にも強い支持がある。/ この「通念」の大前提に根本的疑問を提示し、詳細な検討を通じて、「バブルの時代」だとする判定および「バブル」という表現の呪縛から読者を解放することが本論文の第1の目的である。さらに、大幅な地価変動との関連で企業の土地関連投資行動に過大な関心を向けがちな「バブルの時代」に替えて、「設備投資ブームの時代」と位置づけることにより、より多くの企業が積極的行動を示した「土地以外の固定資産」に向けた投資行動の実態への読者の関心の移行を促すこと、これによりこの時期の日本経済の実相の的確・適切な検討を可能にすることがより重要な第2の目的である。
 以上の部分について紹介し、次のような結論に至る(いずれも、「要旨」より)。
三輪[2011c]「『不良債権』『不良債権処理の遅れ』『追い貸し』と『失われた20年』:日本の経験からの教訓?」『経済学論集』第77巻第2号、第3号、ただし、後半部分は現在印刷中)および本論文で、いずれの主張についても、fuzzy but colorfulな用語を用いたほとんど意味不明な内容であり、論拠・証拠の双方が理解不能あるいは実質的に存在しないこと、および「通説」「通念」が現実からはなはだしく乖離した神話にすぎないことを示した。これにより、「バブルの時代」だとする呼び方、「バブル的」だとする「色メガネ」から1980年代後半の日本経済を解放することが可能となり、実相に関する本格的検討の開始が可能となる。「結語」はたとえば次の如く記す。

 「失われた20年」は、「バブル」、「バブルの時代」、「バブルの後遺症・ツケ」などの表現・イメージに象徴される「バブル論議」に酔い痴れて、人々が時間とエネルギーを浪費し、日本経済を悪化した長期停滞状態のまま放置した時代であった。本論文の基本的役割・位置づけは、日本経済に関わる研究・議論、診断・処方のかかる憂うべき現状からの覚醒・脱出とそれによる「バブル」の呪縛からの解放である。これにより、1990年代以降の日本経済の停滞状況の原因を「バブル(の時代)」に求めてきた「通説」「通念」の基本姿勢からも解放され、「失われた20年」の診断の本格的開始のための条件が整ったことが重要である。
 
 「『失われた20年』研究準備のための検討」である旨を記した「XIV. 結語」に続いて、「『検討』はより若い次の世代の皆さんの楽しみです・・・」と宣言して報告を終えた。同年輩の出席者から「長大な三輪さんの遺言ですね・・・」と笑顔で同意する発言があり、若い世代のメンバーからは、「三輪先生がおやりになる・・・というのではないのですか?」「面白い問題提起だと思いますが、私ももう若くはありませんし・・・」「遺言だなんて、ずるい・・・」などの意見があった。個表データを用いた詳細な検討を通じて次々と提示される意外で面白い結果をめぐって活発な議論が続いた。
 「『バブル』とか『バブルの後遺症・ツケ』と騒いだ人たちからの反論が楽しみですね」とする意見も、「反論はないでしょう。これまでだって証拠なしの説教みたいなものだったし・・・」とする三輪の予測で簡単に終息した。
 ショッキングな内容の複雑な構成の議論に辛抱強くつきあい、分厚く重いDPをお持ち帰りいただいた参加者に深謝します。

 当日までの配布資料は以下からダウンロードできる。

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第48回
2011.11.28
(月)

 今回は、青山学院大学の福井さんから、American Finance Association年次総会における会長講演John H. Cochrane, Presidential Address: Discount Rates”, The Journal of Finance, August 2011, 1047-1108 に基づく報告を受けて討議した。もっとも、このreview articleに即したasset-pricing researchの展開と現状に関する解説を福井さんと倉澤さんから受けて、三輪をはじめとする参加者が「ファイナンス研究」に関する理解を深め、このフォーラムの基盤の強化に努めた、という方が正確だろう。60ページの長大な論文である。基礎になったDPはさらに長いという。
 三輪のように、金融資本市場における銀行を中心とする伝統的金融機関の果たす役割は通常想定されるほど大きくはないと考えれば、とりわけ銀行融資を中心に据えたもの以外のviewおよびそれに基づく研究に関心が向かうだろう。ポートフォリオ理論、資産価格理論などと銘打ったテキストを手にとり、しばらくはその世界に没入することになる。しかし、そのうちに、これで何がどこまで有効に説明できるのか、実際にうまく説明できているのか・・・と考え始め、さらに、資産というからには、上場株式や債券以外の資産にもうまく適用できているか、Lehman Shock前後の激動期についてはどうか、などと関心が広がる。入門的なテキストでこういう関心に対応することは無理だろう。
 ファイナンス学会メンバーといえども一枚岩ではないから、Cochraneのreview・見方にメンバー全員が賛成だというわけではなかろう。とはいえ、real economyの分析により大きな関心を持つ私のようなeconomistにとっては、大いに関心を刺激され、興味深く接することができる論文であった。「こういう見方に近い日本のファイナンス研究者は多いのですか?」という質問に対する回答は、「多くはないでしょう。しかし、もちろん、ゼロではありません」というものであった。
 冒頭の次の文章が見方を象徴する。“Asset prices should equal expected discounted cashflows. Forty years ago, Eugene Fama (1970) argued that the expected part, ‘testing market efficiency,’ provided the framework for organizing asset-pricing research in the era. I argue that the ‘discounted’ part organizes our research today.”
  “Discount rates vary over time.”(‘Discount rate,’ ‘risk premium,’ and ‘expected return’ are all the same things here.”このように指摘して、“how discount rates vary over time and across assets”というfactsの提示から論文が始まる。“A Pervasive Phenomenon”(p.1051)では、”In each case our view of the facts has changed completely since the 1970s”として、Stocks, Treasuries, Bonds, Foreign exchange, Sovereign debt, Housesについてそれぞれ具体例が示される。たとえば、Sovereign debtについては、“High levels of sovereign or foreign debt signal low returns, not higher government or trade surpluses”である。factsの指摘に続いて、why discount rates varyと問う理論の検討、さらにそれを適用する実証研究のreviewに進む。
 Conclusion部分(p.1091)は次の如く簡明かつ率直である。“Discount rates vary a lot more than we thought. Most of the puzzles and anomalies that we face amount to discount-rate variation we do not understand. Our theoretical controversies are about how discount rates are formed. We need to recognize and incorporate discount-rate variation in applied procedure. / We are really only beginning these tasks. The facts about discount-rate variation need at least a dramatic consolidation. Theories are in their infancy. And most applications still implicitly assume i.i.d. returns and the CAPM, and therefore that price changes only reveal cashflow news. Throughout, I see hints that discount-rate variation may lead us to refocus analysis on prices and long-run payoff streams rather than on-period returns.”
 「このreviewに書かれているような内容について、どこまでMBA courseで教えられているのですか?」「ほとんど教えられないでしょう。無理ですよ・・・」「そうすると、卒業後にでもfactsに直面して、教えられたこととのgapにfrustrationを感じるでしょうね?」「そうかもしれませんね。しかし、柔軟に対応するでしょう。」「稼いだ資金でMBA courseに来る学生たちから不満が出ないのですか?」「いろいろ学ぶことも多いから・・・・」という会話も飛び交った。
 もっと内容に立ち入った議事録を求める読者は、たとえば、報告用ファイルを参照のうえ、福井さんに解説を求めるのがよろしいでしょう。膨大な論文を要領よく紹介し、素っ頓狂なものを含めた多様な質問にも的確に対応してくださった福井さんに深謝します。

 福井さんの報告用ファイル(Cochrane教授のslidesに書き込んだもの)は以下からダウンロードできる。

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第47回
2011.11.7
(月)

 ほぼ4ヵ月半ぶりの開催となった今回の会合では、立教大学のBrett Clancy氏から、同氏がこの9月にthe University of OxfordのModern Japanese Studiesに提出し最優等賞を授与されたMSc論文に基づく報告あるいは話題提供を受けて討議した。論文のタイトルは“Lending to ‘Lemons’: Adverse Selection and the Failure of New Bank Tokyo”である。論文審査ではないし、問題設定、焦点の合わせ方や議論の仕方、用いる資料などの妥当性の評価それ自体に関心があったわけではない。論文作成過程でコメント等を求められた三輪は、「私の学生がこういうような問題設定をして来たら、立ち入った議論をしたうえで、他のテーマを捜すように助言するでしょう」といい、「新銀行東京はa tiny cottage on a house of cardsのようなものだから・・・・」と言って、その理由を説明した。ちなみに、Clancy氏は日本で証券ディーラーを10年経験した後に、MSc課程に入学した日本通であり、報告も日本語で行われた。
 8月26日に、日本振興銀行に関する「日本振興銀行に対する行政対応等検証委員会」による「検証報告書」が金融担当大臣に提出された。このこともあり、「一体何が起こったのか?」「どのような審査を経て銀行業免許が下りたのか?」「申請内容と審査の結論は妥当だったか?」「なぜ短期間に破綻したのか?」などの点について改めて議論するよい機会でもあった。新銀行東京に関する論文の報告を土台としつつ、幅広く関連する論点について話題にすることを企図した。議論は多岐にわたり、大きく盛り上がった。参加者から次々と提供された話題・内容は、大勢としては予想あるいは想像通りのものであった。しかし、その具体的内容は、残念ながら、オフレコとせざるを得ない。オフレコをルールとしなければ出せない内容も少なくなく、結果として議論は大きく盛り上がった。
 「検証報告書」(金融庁のホームページからダウンロードできる)はさしたる話題にもなっていない。これを読めば、「こういうことを起こした金融庁という規制機関の責任を問うと同時に、その能力・役割と仕組み・人的構成の妥当性などが本格的話題になりそうだが・・・」と首を傾げ、「この報告書でお仕舞いというのはいかにも日本的だね」と苦笑する読者が多いだろう。当日は、報告書の目次だけを配布した。内容に関しては私を含め参加メンバーは知らなかった。しかし、当日盛り上がった議論は、報告書の内容と大きく乖離するものではなかった。つまり、想像通りであった。
 「新銀行東京、日本振興銀行のいずれであれ、中小企業向け『貸し渋り』対策(ミドルリスク市場なるものの重要性が強調された)としての役割を果たしつつ、どのようにして中長期的に採算を取るのか?他の金融機関にできなかったことを実現する手段は何か?実現可能か?」が基本的論点であり、「申請時にそれがどのように説明され、申請内容をどのように審査し、OKと判断したのか?」が最大の話題であった。参加者はほとんど例外なく、この点に関して基本的に懐疑的であり、その理由をめぐって議論が盛り上がった。しかし、いくら議論しても「なるほど・・・」と納得するメンバーが登場することはなかった。(興味のある読者は、この点に関する「検証報告書」の内容と書き方を参照されるとよい。)
 この時期、中小企業向け「貸し渋り」対策がにぎやかであった。1999年3月の公的資金導入時に各銀行が提出した「再建計画」は、「中小企業向け貸し出しの増加」を折り込んだ。しかし、需要の低迷もあってなかなか貸出が増加しなかった。貸し出し増加を強く求められた金融機関は、規制当局の勧め(強要?)もあって、スコアリング・システムなるものを活用した融資を増加させる試みを(及び腰ながら)開始した。しかし、すぐにこれがうまく機能せず「不良債権」を増加させることに気づき、この方法による融資を抑制し、公的資金の返済終了と同時に停止した。新銀行東京などがスコアリング・システムに強く依存する新しい融資ビジネスの展開を標榜したのだから、これを妥当として審査をパスしたことに、少なからぬ関心が集中したのは不思議ではない。「いかなるスコアリング・システムをどのようにして選択したのか?」「その有効性をどのようにして確認したか?」「審査側はどのように対応したのか?」「そもそも、日本でスコアリング・システムが定着してこなかった理由は何か?」「経営者を含めたクレディットスコアが日本でほとんど存在しない理由は何か?」など、話題は多方面に及んだ。
 一度は取り上げたかった話題である。その契機となる話題を提供し、多方面にわたる論点をめぐって盛り上がった議論に楽しみつつ対応してくださったClancy氏に深謝する。
 Clancy氏の論文と報告用のスライドは、以下からダウンロードできる。

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第46回
2011.6.24
(金)

 今回は、経済産業省産業資金課の清水秀一氏から「これまでの産業金融政策の取組と今後の展開に向けた課題」と題して報告を受けて討議した。Private equity市場に焦点を合わせた報告を受けて討議することを予定した4月1日の会合が震災後の諸般の事情により延期され、private equity市場をも視野に入れながら、産業金融政策全般に関わる現状認識と課題について意見交換することとなった。人事異動の時期と重なったこともあり、課長の都合がつかなくなり清水課長補佐が報告し、新任の課長と課長補佐が出席することとなった。
 担当課メンバーとして報告するとなるとなかなかに面倒なことも多いようである。産業資金課名で当日用意された資料は、役所の審議会や研究会で提示される資料の如き趣のものであった。これに基づいて自由な意見交換をすればよろしいとも考えたが、自由な意見交換も基礎となる資料・報告に強く条件づけられるからと、直前に、「これに基づいて報告して、意見交換をするのですか・・・?20年前の審議会のものとあまり変わらないように見えますが・・・」と笑顔で申し上げて、合意に基づいて、急遽内容を変更した。
 第1に、膨大な報告用メモについては直接の話題とせず棚上げし、「我が国産業金融構造の全体像」と題する2枚の図入りメモを素材にして意見交換をした。1ページ目の図を参照しながら、金融仲介機関からの企業向け貸出金額(420兆円)が政府向け資金額(560兆円)を大きく下回ることと、貸出金の大きな部分が信用保証付きの中小企業向け貸し出しであることが話題になった。この図を実情に合わせて改善するためのポイントはどこかが話題になった。たとえば、リースや延べ払いなどの資金調達方法や、いわゆるshadow-bankingあるいはそれに対応するものはどこに現れるかという点が話題になり、さらに、「海外」は、たとえば日本企業の「海外」部門や「海外」企業の国内部門などの取扱いとの関連で、大昔の「国際化」がはなはだ乏しかった時代の図式に基づいており時代遅れではないかなどの点が話題になった。その時は話題にならなかったが、この図では、「企業」が1つとして示されているが、多くの個別企業にとっては、金融機関借入金以上の額の資金を「企業間信用」として得ていることが企業部門を1つに統合することによって隠されていることも重要ではないか。象徴的には、この図は「金融仲介機関」を中心(床の間)に据えるという伝統的図式に捉われている。
 第2に、前回会合の話題であった「東電支援スキーム」が再度話題になった。これは、経済産業省あるいはその関係者の意見を聞くというものではなく、前回会合の続きを2週間後に再開し、それに経済産業省のメンバーを含む前回欠席したメンバーが参加したというものである。これは、今後の会合でも、折に触れ話題になるはずである。
 第3に、震災被害と復興との関連で、金融・資本市場の機能と役割、および関連政策の課題と位置づけが話題となった。とりわけこの部分は、private equity分野の実務家を中心に率直かつ活発な意見交換が行われた。話題の中心は、金融資本市場の機能と役割の方であって、関連政策の課題と位置づけではなかった。関連政策に対する期待がさほど大きくはなく、新聞等に登場する復興金融などの各種話題も参加者の大きな関心を呼ぶことはなかったということだろう。三輪の見るところ。これまでの実績に照らせばいささかも不思議ではない。
 「Venture business振興策とそれとの関連でventure capitalを中心とするprivate equity market振興策がさしたる成果をあげてこなかった原因に関する経済産業省の自己診断はどうなっているのですか?」という「宿題」のようなものを出して、今後も折に触れてprivate equity marketのことを話題にしましょうということにして会合を終えた。
 直前の話題変更の提案に快く応じて柔軟に対応してくださった清水さんに深謝します。以上の経緯から、今回のダウンロード資料は、2ページのものだけです。

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第45回
2011.6.10
(金)

 今回は、東京大学の柳川範之氏から「東電支援スキームと首都圏電力問題」と題して話題提供を受けて討議した。話題提供(研究成果の報告ではない)というのは、関連する一連の論点を話題にして話を聞き意見を交換したいとする少なからぬ参加メンバーのかねてからの要望・需要に応えるべく開く会合の話題提供者・触媒としての役割を果たしていただいたという意味である。報告用資料には、多岐にわたる関連論点に各方面で表明され散在する多様な見解・意見が収集・整理されている。なかには、「そんな見解もあるのですか・・・」と話題になったものもある。
 地震・津波に引続いて発生した原子力発電所の事故に伴う深刻な被害およびその拡大が明らかになるにつれ、原発関連被害以外にも深刻な物的損害を受けていた東京電力が、損害賠償責任に耐えられるか、耐えられない場合に何が起こるかが話題になり始め、首都圏電力供給体制の今後およびその金融資本市場への影響・関連が話題になるようになった。会合の度ごとに、関連する論点を話題にする会合を開けないか・・・と話題になったが、どのように論点を設定して誰が話題を提供するかという難問に直面し、開催は先送りとなった。制度・政治・政策の細部に関わることでもある。原発事故への対応が進行中であり事故に関わる損害賠償責任の規模と所在も流動的・不透明であった。関連情報への接近が比較的容易な政府関係機関等のメンバーに話題提供を期待できる状況ではなかった。例によって、この国では、イザとなると信頼度の高い情報は少なくとも「外部」には流れてこない。
 いわゆる「東電支援スキーム」と呼ばれるものの概要(らしきもの?)が提示され、たとえば、日経の経済教室等にコメントが登場するようになった。メールを通じた意見交換が活発化し、柳川氏に論点整理と話題提供をお引受けいただいてようやく会合が実現した。参加メンバーの関心が単一あるいは少ない論点に集まったわけではない。一連の論点に関するメンバーの関心は高く、議論は大いに盛り上がった。内容の発散を防ぐ趣旨から、議論の舵取りに配慮し、中長期的な電力供給体制やエネルギー源の構成などに関わる論点にはほとんど入らなかった。
 会合開催前にメールを通じて多面的な意見交換が行われ、途中で、「その後の議論は会合当日にしましょう」と三輪が交通整理をした。とはいえ、この過程で、中心的役割を演じた法学者の田中さんから重要な意見が表明されたこともあり、会合の席で、「メールでの意見交換や会合当日の意見交換を踏まえた『覚書き』を書いて議事録に掲載しませんか」と勧めた。後日提出された「覚書き」がダウンロードできるようになっている。
 いろいろな論点に基づき「東電支援スキーム」ははなはだ評判が悪く、当日、積極的な支持意見はほとんど表明されなかった。検討の現場には、予めいくつかの強い制約が課されて、その中で事務方が考えた「スキーム」なんだろうとする見方が支配的であった。「制約の実質が何か」「スキームの妥当性」などの点については、具体的情報に乏しいこともあって、あまり議論は展開しなかった。
 議論の中心は、「会社更生法(あるいは民事再生法)を適用したら何が起こるか・・・」という点と、東電の責任を問うのは妥当・必要だとしても、損害賠償責任を果たすこと最優先するような状況に東電をいつまでも置き続けることのコストを重視するようには見えないスキームの骨格の妥当性であった。こういう点を重視しないのはいかにも現在の政治状況を象徴しているのだろうという認識をメンバーが共有しているように見えた。
 柳川氏のメモの「なぜ例外扱いなのか」という点に関する社債市場における東電債のプレゼンスの大きさを重視したのだとする意見の紹介については、多くのメンバーから疑義が表明された。「こんな例外扱いはよほどでないと実現しないだろう」と考えれば、不透明・不安定な状況が社債市場の基盤に残ることになる。「いかにも場当たりで、社債市場の健全な発展の障碍になると考えるのが政策担当者の常識だろう」と期待するのは、的外れか?
 「どのような損害賠償請求を誰に対してどこまで認めて、誰がそれを負担するか」という難問とともに、発生源の状況の今後はいかなるものかという点も不確定である。もちろん、関連論点は損害賠償だけではない。フォーラムとしては、まず一度開催したという程度であって、これで最後だということはない。メール上の意見交換も含めてさらなる議論の展開を期待しつつ、面倒な役割を有効かつ効率的に果たしていただいた柳川さんに深謝します。
 最初の原発が活動を開始した50年前の時期に制定された原賠法が、その後の大展開と各所での原発事故などにもかかわらず、本格的見直しを経ることなく、たとえば、制定時の『ジュリスト』の関係者の座談会が参照されている状況を見て、「担当者・専門家は何をしているのか」と考え、「どこでも似たようなものか・・・」と近年の年金騒動を連想した読者も多いだろう。やれやれ・・・。
 柳川さんの報告用メモと田中さんの「覚書き」は以下からダウンロードできる。

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第44回
2011.5.30
(月)

 今回の会合では、今次の金融危機との関連で大きな話題となっているHyman P. Minsky、Nouriel Roubini両教授の主張を取り上げた。話題になっているといっても、「・・・教授が喝破したように・・・」という前置きとともに断定的な結論のみが言及・強調されるケースがほとんどである。「いかなる論拠と証拠に基づく主張か?」「主張の実質的内容はいかなるものか?」「理解可能で説得的か?」という健全な常識に基づく関心を抱いても、目的に合致する素材を見つけ、主張の内容に即した検討の機会を見出すことは容易でない。
 今回は横浜国立大学の倉澤資成氏にMinskyを、青山学院大学の福井義高氏にRoubiniを割り振り、話題になっている「予言」的部分に焦点を合わせて、彼らの主張を正確に報告し、話題を提供することをお願いした。容易には理解可能でないこと、ご両人がいずれも割り振られた主張の内容に批判的であることを承知の上でのお願いである。当日は、主張の内容を正確に紹介することとできるかぎり主張を代弁・擁護することを求めた。予想通り、会合の参加者は、紹介された内容を、理解不能な混乱した主張であって、こういう主張が話題となり広範な支持を集める理由がわからない・・・と考えたようである。報告者は、準備段階のみならず、会合の場でも大きな苦悩とスリルを楽しんだように見える。
 「想定外」か否かはともかく、何か重大な出来事が発生すると、過去の言説が浮上し、「・・・が喝破した如く」で始まる話題が人気を集める。話題の提供者は、以前からその言説に深く共鳴していた人物にかぎらない。そういうタイプのものの言い方を好む人物や、そういうもの言いに対する需要の高まりにいち早く対応するタイプの人物も少なくないようである。そういうもの言いを好む多くの人たちの潜在需要が供給を創り出す・・・という側面も濃厚である。視野の広さ・思考の柔軟性・知的好奇心と謙虚さなどのいずれによるにせよ、「へえ・・・、そうなの・・・。主張の実質的内容はどんなものですか?」と考えて、関心を示す私(三輪)のような人間も少なくないだろう。今回の「金融危機」とともに、両教授のような存在に注目が集まったとしても、奇異でも不思議でもない。「資本主義の危機」ではMarx、Keynes、Schumpeterが定番だろうが、今回はこのご両人であった。
 三輪や倉澤氏の世代にとってはMinskyの名前はおなじみである。しかし、主張の内容は容易には理解できないだろうと考えている点でもイメージは共通であった。「Minskyを取り上げたいが、主張の内容を紹介していただけませんか?」というお願いを始めてから会合が実現するまでに長い時間を要した。倉澤氏の報告用資料を見ると、理解の取っ掛かりになるようなモデルらしきものが存在することに驚くと同時に、この主張が人気を博していることに改めて驚く読者が多いだろう。「ほとんどの支持者は、Minskyの著作にあたって確認することなく、せいぜい誰かの受け売りをしているのだ」と考えて納得するだろう。
 故人であるMinskyとは異なり、現役のニューヨーク大学教授としてとりわけ今回の金融危機の到来を「予言」した人物として注目され、現時点に至るまで華々しくメディアでも活躍するRoubiniに関しては、福井氏の周到な報告用メモをご覧いただこう。大いなる期待と好奇心を持ってStephen Mihmとの共著 Crisis Economics(邦訳『大いなる不安定』)を読んで、迷子になったような気分で途方に暮れ、「いつものことか・・・」と途中で放り出した三輪のような読者の多くも、福井氏のメモを見て納得するだろう。もちろん、迷子になったような気分にならなかった読者の反応は予想しがたい。最後に紹介されるBurtonやRollの主張をスンナリ受け入れる読者がこの日本に多いとは思われない。
 当日の議論は大いに盛り上がり、論点は各方面に展開した。参加者全員が、「やっぱりね・・・」と考え、「やれやれスッキリした」という三輪のような気分になったということはなかろう。しかし、参加者相互間の意見交換も含め、多様な主張に接することができた有意義な会合であった。難儀な役割を引き受けて素晴しいパフォーマンスを示してくださった倉澤・福井両氏に深謝します。

 倉澤さんと福井さん報告用メモは以下からダウンロードできる。

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第43回
2011.5.13
(金)

 今回は東京大学の田中亘氏から、“Alternative Procedures for Bankruptcy of Financial Institutions: Based on Scott et al., Ending Government Bailouts As We Know Them (Hoover Institutions Press, 2009”と題する報告を受けて討議した。
 2008年以降のBailoutsは“huge amounts of taxpayer dollars”と“heavy involvement of the federal government … in … private sector”をもたらし、“American people are clearly upset”した。“The people who created the problem should pay a penalty instead of being bailed out by the taxpayers”と考えて、Bailoutsに代わる解決策を探り、“How do we make failure tolerable?”という論点に焦点を合わせて開催された大規模かつ著名なコンファレンスの議事録のうち、金融機関(とくに、systemically important financial institutions, SIFIs)の破綻処理に焦点を合わせた2論文を中心に取り上げた。第9章のKroenerのexpanding FDIC-style resolution authorityの主張と、第11章のJacksonのSIFIs(あるいは金融機関一般)に適合するように倒産手続に特別ルール(“Chapter 11F”)を設けたうえでSIFIsの破綻処理も法的倒産手続で行うべきだという主張の対比である。
 日本では、「所管」という表現に象徴される「縦割り行政」に慣れ親しみ、(大型)金融機関の破綻などという「想定外の事態」の発生を予防し、発生した場合にもそれが「金融危機」などの深刻な事態に展開しないことを政府(所管庁)に期待し、政府を「最後の拠り所」としてきた。このため、コトが起こると、「政府(所管庁)は何をしているのか・・・」と非難と期待が所管庁に集中する傾向が強い。「そんなことは無理な注文だし、危険で高くつく・・・」と考える声が表面化することは稀だし、そのように考える人たちがコンファレンスを開くなどということは、少なくとも当分の間は期待できそうにない。当然、政策のコストが強く意識されることもほとんどない。この点は、前世紀末の「金融危機」を思い出せば明白だし、その後も状況にほとんど変化はない。
 この書物の最初の3章の著者は、それぞれ、George P. Shultz, Paul Volker, Nicholas F. Bradyであり、著名な経済学者、法学者、実務家が多数参加して活発な議論を展開している。このようなコンファレンスが開催されたこと、その議事録が刊行されていること、その内容の豊富さ、さらにこのような視点からの活発な議論が展開されていることのいずれについても、日本ではほとんど知られていないし、紹介されてもいない。金融機関の破綻処理を、行政機関に任せるのではなく、裁判所で倒産手続きに従って行うべきだ、という発想自体が日本ではほとんど耳にしないものである。「そんなことになったら、裁判所が困るさ・・・」という解説がありそうだが、その点も含めて、興味深い視点だろう。
 経済学と破綻処理の実態の双方に詳しい法学者である田中さんにお願いして、まず、「背景となる法制度」について簡単に紹介していただき、そのうえで、KroenerとJacksonの2論文に沿って論点を紹介していただき、さらに、Dodd-Frank Act(2010年7月)を含めたその後の展開についても紹介していただいた。
 所管庁と同時に裁判所の処理・対応能力が話題になり、Lehman Brothersの破綻処理のケースをめぐって、議論は錯綜しつつも大いに盛り上がった。当然のことながら、多くの参加者の頭には日本の所管庁と裁判所のことが浮かんだはずであるが、大きな話題とはならなかった。関連機関の現状(および今後?)や関連情報の入手可能性などの点で比較検討への食欲があまり湧かなかったためだろう。
 金融機関の破綻処理方法の重要な選択肢として裁判所を通じる倒産手続きが存在することに改めて気づかされた実り多い会合であった。「倒産法制についてほとんど無知な参加者が多いので・・・」という注文に応じたメモまで作成し、複雑なissuesを要領よく整理して解説していただき、議論の中心としても活躍していただいた田中さんに深謝します。

 田中さんの報告用メモは以下からダウンロードできる。(1)が準備資料、(2)が報告用資料である。

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第42回
2011.4.22
(金)

 今回は一橋大学の大橋和彦氏から、David T. Robinson and Berk A Sensoy, "Private Equity in the 21st Century: Cash Flows, Performance, and Contract Terms from 1984-2010" (Ohio State University, Fisher College of Business Working Paper Series, WP 2010-021, February 2011)について報告を受けて討議した。
 フォーラムでは、昨年来、日本のprivate equity市場について集中的に取り上げてきた。改めて、世界のPE市場、とりわけアメリカのPE市場の現状にとついて取り上げることを考えて、大橋氏に、話題提供をお願いした。大橋氏には、中野誠・蜂谷豊彦両氏と共著の「経済再活性化と金融市場:プライベート・エクイティ・ファンド(PEF)と年金基金の役割」(『一橋ビジネスレビュー』2001、Sept.)という論文がある。最近も、「10年経過しても、あまり変わっていませんね」とする感慨を漏らされていた。
 内容に関しては、大橋さんの詳細な報告用メモをご覧いただく。1984−2010の期間のアメリカのPE fundsを広範囲にカバーする大規模なdatabaseの提供を受けて実施されたdeterminants of private equity performance, management contract term, and cash flow behaviorに関する実証研究である。既存の実証研究のcash flow dataは2003年までのものに限られるから、2007年をピークとするboomとその後のcrashの時期にまで検討期間を延ばした初めての実証研究としても極めて興味深い。詳細なdataに基づいて、今後の議論の基盤となる情報を整備した論文としても価値が高い。
 論文の目的は、empirically investigate the following:
(1)Impact of market conditions on private equity markets?
 ・Do private equity funds grow too large during booms, resulting in worse performance?
 ・How do private equity cash flows co-move with public markets?
 ・What are the liquidity properties of private equity as an asset class?
(2)Management contracts and net-of-fee performance?
 ・How do fundraising cycles affect the terms of the management contract between GPs (general partners) and LPs (limited partners)?
 ・Relations of contract terms to reputation or perceived ability of the GP?
 ・Is general incentive pay associated with higher performance?
 2007年以降のfinancial crisisの過程で、private equity fundsの状況および将来性に関してはなはだしく悲観的な意見と情報が広く流通した。Private equity market全体についてのみならず、VC, buyout, real estate, debt, funds-of-fundsなどの各分野についても検討したこの論文は、客観的なdataに基づく冷静な検討の素材を提供する。当然、フォーラムの議論は大いに盛り上がった。
 興味深い論文を見つけ出し、詳細なメモを作成し、錯綜する議論に冷静で要領よく対応していただいた大橋さんに深謝します。
 大橋さんの報告用メモは以下からダウンロードできます。原論文に関心の方は、著者のHPからダウンロードしてください。

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第41回
2011.4.15
(金)

  震災の影響もあって計画していた会合を2回中止あるいは延期した。7週間ぶりに再開した会合では、東京大学大学院の成田悠輔氏に、Olivier Jeanne (Johns Hopkins University) and Anton Korinek (University of Maryland)“Macroprudential Regulation Versus Mopping Up After the Crash”およびその基礎となった同じ著者達の “Excessive Volatility in Capital Flows: A Pigouvian Taxation Approach”, AER, May 2010について報告を受けて討議した。中心となった前者は、3月段階でも未完のdraftであった。
  「金融危機」の顕在化とともに“macro-prudential regulation”に対する関心の高まりが著しい。このフォーラムでもスタート直後の会合でGeneva Reportを取り上げて、「いずれ関心が高まるが、必ずしも明確な内容を伴わずに言葉だけが大手を振って闊歩し、コストも軽視される・・・」と予想した。半年ほどして、“macro-prudential regulation”という言葉を耳にする機会は増えたが、改めて話題にしようとの声が出ることはなかった。
 “macro-prudential regulation”として唱導される政策は、ほとんど例外なくその有効性に疑問が提示されている。さらに、金融規制の強化・再構築が必要だとしても、“macro-prudential regulation”のような事前規制ではなく、crisis発生後の対応体制の整備の方が望ましいのではないかとする見方も各方面から提起されてきた。金融関連分野の如く、どこで何が起こるかわからない(予想がむずかしい)し、事前規制の強化は新たな対応課題を次々と創造するという状況で、「万全の事前規制」は可能だとしても途方もなく高くつくと考えて、“macro-prudential regulation”に対する関心の高まりに不安を覚える人たちも多い。
 「事前規制と事後対応の適切な組み合わせが好ましいはずだ。平常時には、これが常識として議論の基盤となるのに・・・」と考える人たちに、いかにも魅力的なタイトルの論文である。当然、「危機をどのように捉えて、具体的対応策を検討するのか?」「今回のfinancial crisisにうまく対応した議論になっているか?」という関心から論文を検討することになる。
 これまでに「今回のfinancial crisisの発生メカニズムをうまく捉えきることができた」と自信を持って宣言できる経済学者は多くないだろう。そうであれば、著者達の論文に、うまい定式化と満足できる解決策を期待するのはtoo demandingであることがわかる。事前と事後の間にeventが発生するというsetupを想定すれば、たとえばt=0, 1, 2の3時点にわたる最適政策の設計問題となる。選択・設定した具体的なeventとmechanismについて興味深い結論も導いたとしても、「金融危機」対策として押し出すための「一般化」という難題が待っている。
 事前の期待にもよるが、参加者の評価・満足度はあまり高くはなく、課題の難しさを再認識することになった。タイトルが魅力的すぎるのかもしれない。「なぜこのような危機・大混乱の発生・展開を放置したのか?政府は何をしていたのか?是が非でも再発を防止しなければ・・・」「xxさんが主張していた通りだ。彼の警告を無視したから、こんな悲惨なことになった」「『想定外の事態』だなどと、無責任な言い訳は許されない・・・」などとする大合唱の盛り上がりの中でも、このような視点に立った検討が行われていることを発見して、私(三輪)も多少は安堵した。
 とはいえ、現時点ではあまり注目されていないissueに関する問題提起的な論文を見つけて紹介していただいた成田さんに深謝します。

 成田さんの報告用メモは以下からダウンロードできます。原論文に関心の方は、著者達のHPからダウンロードしてください。

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第40回
2011.3.4
(金)

 今回は野村資本市場研究所の淵田康之氏から「金融規制と金融機関経営(概観)」と題して報告を受けて討議した。
 Lehman Shockから2年半、Geithner Planから2年が経過した。一時期はアメリカ政府をはじめとする各国政府の対応策が話題にならない日はないという状況下で、関連政策の内容や有効性・望ましさが各所で議論の話題となった。「あの熱狂はどこへ・・・?話題となった各種の政策や関連提案のその後は・・・」と考え、いささか不思議な気分に陥る状況となった。関心を呼び起こして、金融規制改革を含む関連政策の現状と今後の課題をフォーラムで取り上げることとした。今回は、検討あるいは実行されつつある各種規制の現状と今後に関する概観を淵田氏にお願いし、次回(3月18日)には、東京大学の柳川範之氏に「銀行規制のあり方再検討」と題して理論的検討をお願いすることとした。
 「概観」といっても、「金融機関経営に影響する各種の規制」は多岐にわたる。関連情報の収集整理は大変な作業である。フォーラムでは、「暫定的整理」と「終わりに」で終る未定稿に沿ってお話しいただいた。今回の議論も参考にしながら今後おまとめになるとの意向である。今回の未定稿は議事録の資料としても掲載しないこととした。
内容は多岐にわたる。「目次」を見てみよう。1. 自己資本比率規制、2.レバレッジ規制、3.流動性規制、4.SIFIs規制、5.危機管理・破綻処理制度改革、6.デリバティブ規制、7.証券化規制、8.報酬規制、9.投資者・消費者保護規制強化、10.業務・規模の規制、11.シャドウバンク規制、12.その他。
 続いて、「財務への影響(主として銀行グループの場合)」、「ビジネスライン、グループ構造、グローバル展開への影響」、「そのほかの中長期的展望」に大別した「暫定的整理」が展開されている。興味深い論点が多く、フォーラムの議論も大いに盛り上がった。いずれについても、最終的なとりまとめを楽しみにしよう。
 最後に、長老からの余計な一言である。話題になり実行されつつある規制の概観となると、どうしても「政府」の周辺で動くものに関心が集中し、「そんなことを本当に実施するのか?有効か?望ましいのか?」などの視点からの検討が手薄になる。とりわけ今回のfinancial crisisの混乱の中での政府の対応についてはその懸念は大きくなる。そこで、年齢・経験・識見のすべてで卓越した専門家が集まった著名なconferenceのKenneth E. Scottの問題提起論文(Appendix -- The Financial Crisis: Causes and Lessons)のLessonsの冒頭の文章を以下に紹介する。
  “What were the critical mistakes and deficiencies in the account we have just reviewed? The media, participants, and politicians have put forth a host of favorite culprits, usually shifting blame to someone else: MBSs, rating agencies, excessively compensated CEOs, CDSs, deregulation, greed, mark-to-market accounting, predatory lenders, repeal of Glass-Steagall, hybrid ARMs, short selling of bank stocks, borrower fraud, dishonest mortgage brokers, inadequate consumer protection for financial products, and so on. It would take a lot more time than I have to try to deal with each of them, and it’s probably unnecessary. Some are minor or even irrelevant to the cause of the crisis, whatever their independent merits, but I will try to take up the more salient in three broad categories: defects in financial products, defects in risk management, and defects in government policy”(Scott, Shultz, and Taylor eds. Ending Government Bailouts, Hoover Institutions Press, 2010, p.300).

 進行中の複雑多岐にわたる膨大な話題・論点を概観するという課題に挑戦し、口うるさい参加者を相手にほぼ3時間にわたって興味深い議論を展開していただいた淵田さんに深謝します。

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第39回
2011.2.18
(金)

 今回は、日本大学経済学部の鶴田大輔氏から“How Do Small Businesses Finance their Growth Opportunities? : The Case of the Recovery from the Lost Decade in Japan”と題する報告を受けて討議した。
 企業の資金調達といえば自己資本か銀行融資であり、とりわけ資本市場の活用機会に乏しい中小企業にとっては銀行を代表とする金融機関からの融資が決定的に重要だとして対銀行関係に注目するのが日本における典型的な見方であった。銀行の不良債権処理や(対中小企業向け)貸し渋りに重大な関心が継続して集中するのもこのためである。
 しかし、企業の調達先に占める銀行の比重は通常考えられているほど高くはない。その他の多様な資金調達ルートの利用比率が高い現実に注目し、社債やCPにとどまらず、「企業間信用」(trade credit)の機能・役割や「企業間信用」と銀行借入の関係などに対する関心が世界中で高まっている。「企業間信用」は、金融資本市場の発達とともに消滅する時代遅れの資金調達手段であり、先進国ではよほど特殊な事情のある企業しか利用しない「日陰の存在」とする認識が広く受け入れられてきた。このため、研究者や政策担当者の関心も低く、統計を含めた関連情報の利用可能性もはなはだ低い状態にある。
 鶴田氏は、CRD(Credit Risk Database)協会のデータベースを武器に、企業間信用と銀行借入の選択に焦点を合わせて、日本の中小企業の資金調達行動について実証的に検討し、興味深い結論を導いた。
 「失われた10年」からの回復期の中小企業に焦点を合わせ、成長機会の活用に必要な資金の獲得手段として、「企業間信用」と銀行借入のどちらにより多くを依存したかという点について検討し、次の2つの結論を導いた。(1)より大きな資金需要を有したこの時期の中小企業はより大きな部分を企業間信用によって調達した。(2)担保等に提供可能な資産の保有状況に照らして、企業間信用を選択した主な理由は銀行借入が利用できないことによるのではない。
 日本の金融資本市場における銀行の重要な地位と役割を強調する「通念」の支配的地位は微動すらしない。日本におけるこの結論に対する反応も興味深いが、鶴田氏の研究は、日本のみならず多くの国々の研究者・実務家・政策担当者の大きな関心を呼ぶだろう。
新しい試み・挑戦である。重大な関心とともに、問題設定、分析手法、用いたデータの質と制約、得られた結果の解釈などの点で、議論は沸騰した。今後も、各方面で議論の的になるだろう。
 私(三輪)からも2点だけ指摘しておこう。中小企業に関するミクロデータの入手可能性がはなはだ低いという世界共通の状況下で、膨大な数の企業の情報を集めたCRDのデータを活用できる点は世界中の研究者の羨望の的だろう。しかし、第1に、このデータセットはrandom samplingによって収集されたものではない。結果として潜在するサンプル・バイアスに周到な注意を払う必要がある。残念ながら、この点に関する情報は得られない。第2は、中小企業といってもあまりに多様であって、その多様性に対応する工夫が必要ではないかという点である。従業者数、資本金規模の中央値(median)はそれぞれ7名と1,000万円だという。たとえば、資本金規模1,000万円以上と1,000万円以下の2グループに分けて検討した結果の方が、研究者・実務家の双方にとってより興味深いのではないか。たとえば、資本金規模1,000万円以下の規模の個別企業の財務データに、より大きな規模の企業と同程度の信頼性を置くことに疑問を抱く者も少なくないだろう。
 興味深い研究結果を提示し、実務家・研究者両サイドの口うるさいフォーラム・メンバーを相手に我慢強く実り多い議論を展開された鶴田さんに深謝します。
 
 鶴田さんの論文と報告用ファイルは以下からダウンロードできる。

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第38回
2011.2.4
(金)

 年末年始の休みを挟んでほぼ2ヶ月ぶりに開催した今回の会合では、東京大学大学院の成田悠輔氏からDarrel Duffieの論文“The Failure Mechanics of Dealer Banks” (J. of Economic Perspectives, Winter 2010)と本、How Big Banks Fail and What to Do about It (Princeton University Press, 2011)を素材にした報告を受けて討議した。
 とりわけ日本では“Banks”といえば、預金を受け入れて貸出や国債で運用する金融機関というconventional viewを連想し、それ以外のイメージには結びつきにくい。今次のfinancial crisisの発生原因・メカニズムや関連政策論議もこれに強く制約されがちである。フォーラム参加メンバーのほとんどがこの会合以前から“dealer banks”という表現に重大な関心を抱いていたのではなかろう。
 ここで“dealer banks”と呼ぶ今次のfinancial crisisの過程で注目を集めたlarge bank holding group’s lines of businessは、commercial banking (lending, deposit taking), securities dealing (including securities lending and repo), over-the-counter derivatives dealing, proprietary trading (securities, derivatives), prime brokerage, asset management (including internal hedge funds), merchant banking (oil, metals, foodstuffs, …), investment banking (underwriting, merger-acquisition, …)の多岐にわたる。伝統的イメージの銀行は最初のものにかぎられ、「銀証問題」として懐かしいイメージの全体もこれに2番目と最後のものを加えた程度だろう。当時からのイメージの強い影響下にある日本では“dealer banks”の実像を想像するのは容易でない。
 今次のfinancial crisisの中心に位置した“dealer banks”が困難性に直面したのはprime brokerage, (OTC) derivative business, repoの3つのlines of businessに関わる市場においてであった。いずれの市場もが伝統的な銀行や「銀証問題」のイメージの外側に位置する。短期間に巨大な“dealer banks”を窮地に追い込んだのが「取り付け」のようなものだとしても、当然、預金者の取り付けとは異なる場面・メカニズムによるものであった。詳細な実態に即して、この点に焦点を合わせて、”failure mechanics of dealer banks”に立ち入って検討したのがこの論文であり書物である。書物といっても100ページ弱のものである。
  “failure mechanics”の検討が中心であって、再発防止策を含む対応策の検討部分にはさほどの重点は置かれていない。この点に関しては、参加者のほとんどは当然そうなるだろうとして、不満は表明されなかった。当然、一定水準以上の自己資本比率の強制などという対策の有効性には、参加者の誰もが高い評価を与えなかった。
  “Dealer banks”の実態を理解し、それに沿って”failure mechanics”を検討することを通じて、これまで断片的に「知ってきた」各種の現象に関する知識がよりよくうまく関連づけられ、financial crisis、およびそれとの関連で近年の金融関連現象・政策論議がよりよく理解できるようになったと感じた参加者が少なくなかったはずである。図表は登場しても、式は1つも登場せず、以前のDuffie教授に強いイメージを持つ少なからぬ参加者が驚かされた。
 「一般的な」読者を想定して書かれた論文と書物ではあるが、細部に至ってまで理解することが誰にも容易だというわけではない。細部にわたってまで調べて分かりやすく報告していただいた成田さんと、関連方面の実務に詳しい進藤・戸矢両氏をはじめとする参加メンバーの皆さんの積極的参画・協力に深謝します。多様なメンバーによって構成されるフォーラムの真価が遺憾なく発揮された会合でした。
 成田さん作成の報告用ファイルは以下からダウンロードできる。

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第37回
2010.12.10
(金)

 今回は、「プライベートエクイティシリーズ第4回 日本のVCとPEの存在意義――実例検証――」と題し、AntCapitalの棚橋・前川両氏に加えて、同社代表取締役会長兼社長の尾崎一法氏においでいただき、お話を伺い、討議した。なお、棚橋・前川両氏は、このたび別組織(アーク・オルタナティブ・アドバイザーズ)を設立して独立された。もっとも、実質的にAntCapitalグループの一部を構成するようである。
 このシリーズの一環として、今回は議論の当初の焦点をVC(venture capital)に合わせることになっていた。しかし、せっかく創設者である会長兼社長においでいただくのだからと、VCに焦点を合わせつつも、より広い観点からお話を伺うことにした。参加者の質問に答えつつさらに展開するという形式が中心であったが、資金提供者である投資家に対するセミナー・説明会に比べて、活動の実質的・具体的内容にかなり立ち入ることとなり、参加者の多くにとっては願ってもない貴重な機会となった。
 「会社の経営であれ、各種投資であれ、『こうすればうまくいく・・・』『こうすれば儲かる・・・』という類の話が、実質的な内容を伴って提示されることはない」と考え、そのようなものとして提示される話は素直には受け入れないという類のメンバーが多いフォーラムである。話題提供者もそのように理解したうえで、話の途中でその点をさらに明確に了解されたようである。
 「ほとんどのケースで、事前の予想通りには展開しません。プロジェクトは何年間にもわたります。期間中、状況判断・戦略・方針を何度も見直すのが普通です。途中で各種の決断を迫られ、結果として失敗に終わり損失を計上するケースも少なくありません。」「誰かが中心となって進めますが、そういう見直しはグループの会議で行います。とはいえ、通常は、中心となっている人物の判断を尊重します。」「プロジェクトが失敗に終ったからといって、中心となって進めた人物が責任を取るということはありません。」以上のようなタイプの見解が具体的事例に即して提示された。
 「どこかのコンサルのように、レポートを書いて高額の対価を受け取るというビジネスではありません。具体的にどうしたらよいのかを考えさせ、やってみろ・・・と任せます。」「グループには多様なバックグラウンドを有するメンバーがいます。ちなみに、私(尾崎氏)は長く機械メーカーで営業を担当していました。」
 AntCapitalはventure capitalであることを含むprivate equity capitalであるが、これこそがventure businessの代表事例の1つだとの感を強く持った。1990年代以降の「逆境下の日本で」10年以上にわたって存続し成長し続けている。資金提供者の厳しい要求に対応しながら成長してきた。ホームランの如き驚くような高い収益率を実現したケースも含まれる。
 ちなみに、報告用スライドの10頁では、「これからのVC」と題し、「高パフォーマンスを実現するVCのキーワードは、『リード』『種類株式』『エコシステム』『出口の多様化』」の見出しの下に、「これまでのVC」と対比して「これからの『勝ち組』VC」として「投資スタイル:リード型投資」「種類株式の活用」「1社当たり投資額:200百万円以上」「ファンド規模:中規模(100億円以上)」「ネットワーク:エコシステム」「出口:出口の多様化」を列挙している。
 「ファンド・ビジネスの最悪期にあるように見える日本のprivate equity businessの10年後の姿をどのように予想するか?」とのこの上なくイジワルにも見える質問に対しては、この上なく楽観的・強気の見解が披露された。
 無知・不躾を省みず次々と飛び出す参加者の質問に根気よくお答えいただき、時には、「的確かつ面白い質問ですね」とおだてながら、長時間のフォーラムにお付き合いいただいた尾崎氏、および棚橋・前川両氏に感謝します。

 

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第36回
2010.11.26
(金)

 今回は、服部正純氏(日本銀行)と大橋和彦氏(一橋大学)から共著論文の”Does Retention Regulation Always Work? Incentives of loan screening in securitization under asymmetric information”について報告を受けて討議した。
 近年の金融危機(現在も進行中?)は多様な顔を持つ。しかし、大方の話題の焦点はサブプライム・ローンであり、これを組み込んだ証券化商品の発行・流通とこれに関わる「混乱」であった。「プロの投資家であるはずの巨大金融機関・年金がなぜこんなものに投資したのか?」とともに、「こんなものを発行し流通させたissuersは誰か?どんな連中か?なぜそんなことをしたのか?投資家をだますつもりだったのか?」、さらに、「こんなことの再発防止に向けていかなる対応策・規制を採用すべきか?」などの点に関して方々で議論が盛り上がった。具体的内容は、議論の場所、参加者、期待される役割などによって大きく異なっただろう。新聞・雑誌等に登場したのはごく一部にすぎない。
 「そのような証券化商品の発行・流通を禁止しろ」とする意見を受け入れず、「発生した事態を的確に予測しなかった格付け機関が悪い。格付け機関に対する規制を強化しろ・・・」という意見を「そんなものは気休めにもならない」などとして退けるとすれば、たとえば、「発行主体に発行額の一定比率の保持を義務づけ、おかしなものを売れば自分も傷つくようにしろ」というおなじみの意見が残る。この意見が人気を集め、万能の特効薬として広く受け入れられているように見える。この意見の妥当性について正面から吟味・検討したのがこの論文である。
 「こんなものに投資して損失を蒙った、資金運用責任者が悪い。責任を問われると『格付け機関が悪い・・・』と言い張る(言い逃れする)人達に資金運用を任せた意思決定者の責任はどうするのか?そういう人達の責任を不問に付して放置するような株主、年金受給者、国民・消費者もどうかしている・・・。民度の低さの帰結かもしれない」などとする見方の当否はここでは棚上げにする。
 少なからぬ参加者(さらに議事録の読者)は、メイン・タイトルを見て、論点を理解した段階で、検討の大雑把な方向を予想し、「結果はいかなる要因にどのように依存するだろうか?」という点に関心を抱くだろう。議論は予想通りに展開し、万能の特効薬ではないことはもちろん、いくつかの要因に依存する各種状況により結果が大きく異なること、しばしば主張者・支持者が想定するものとは異なる結果に至ることなどが示される。
「少なくとも少しは経済学を学んだ読者を想定するのであれば、当然”NO!”という回答が予想されるメイン・タイトルは不適切であり、『どのような条件下で有効か?』ぐらいにすべきだ。そうしないと、editors, reviewersが『バカにするな!』と考えて読む気にならず、publishしにくくなるでしょう」との意見も出た。”Retention regulation”に関わるissuesを俎上に乗せるための標準的な分析手法を提示して展開するものであり、議論は大いに盛り上がり、issuesに関する参加者の理解も深まった。参加者は議論を大いに楽しみながら、内容の改善にも少なからぬ貢献をすることができた。このフォーラムの趣旨・目的に合致する、有意義な会合であった。

 報告用ファイルは以下からダウンロードできる。

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第35回
2010.11.12
(金)

 今回は、「銀行ばなれと金融危機騒動の実相:『法人企業統計季報』個表を用いた検討結果の概要」と題して三輪が報告し、議論した。
 新春から開始した「法人企業統計季報」の個表を用いた検討作業で、はなはだしい「銀行ばなれ」がとりわけ中小規模企業で急激に進行しつつあること気づいた三輪は、とりあえずの「発見」の報告と今後の検討課題に対する意見蒐集を企図して第26回(2010年4月30日)の会合で報告した。
 その後、検討課題・方法を再構築して作業を進め、予定通り9月末に報告書を作成して公表した。本論4本のdiscussion papersとIntroduction and Summaryの5本で構成され、合計A4で400ページ、図表が800程度の膨大なものである(CIRJE-J-222〜226)。
 この概要と読み方を整理して報告し、今後の検討課題・方向を探ることを目的とする会合であった。多くの図表を見せながら進める「紙芝居」のような発表であった。ダウンロードできるようにしたPowerPoint filesの前半が、報告のタイトルに即した簡明な結論である。後半のものが、今後の検討課題に即したものであり、報告者の中心的関心事に即したものである。当然のことながら、前半の簡明な結論が、参加者の関心を呼んだ。とはいえ、4月に「予告」された内容の確認であり、提示された図表に関しては、その極端さに驚き呆れ返ることはあっても、ほとんど議論はなかった。
 関心のある方はIntroduction and SummaryのDPをご覧いただきたい。1960年代まで遡っても企業の資金調達総額に占める「金融機関借入金」の比重(「金融機関依存度」)は通常考えられているほど高くはなかったが、バブル崩壊後、とりわけ21世紀に入る頃からその比重がさらに急激に低下した。三輪はこれを「銀行ばなれ」と呼んでいる。「季報」の調査対象の最小規模クラスは資本金規模1,000万円〜2,000万円である。このクラスで、短期借入金残高が正(つまり、0ではない)企業の比率は1990年代末で半数になり、近年では1/3になっている。残高が正の企業の残高も急激に減少している。このような「銀行ばなれ」は規模の小さな企業ほどはなはだしく、1980年代の「自由化」で資本市場の活用が活発化したとされる優良大企業の「銀行ばなれ」はさほどではない。
 企業の金融機関依存度が通常考えられている水準を大きく下回れば、「金融機関の危機」=「金融市場の危機」という「常識」「通念」は崩壊する。このことを念頭において1997年〜1999年のCredit Crunchや近年の「金融危機」を見ると、予想通り、いずれの規模の企業クラスについても、Credit Crunchなどと呼ぶに値するショックは企業の資金調達行動に観察されない。つまり、「金融機関の危機」ではあったとしても「金融危機」ではなく、その対策に投じられた膨大な資金・資源は投入に値する国民経済的価値はなく、政策として失敗だった・・・のではないか、ということになる。誤解に基づく「金融危機騒動」は実質的に高くついたことになる。
 以上が前半の内容の骨子である。その基本は、金融・資本市場の中心は「銀行」を中心とする金融機関であって、銀行を中心に金融・資本市場が回っている・・・という「天動説」は誤りであり、銀行も市場の参加者の一部にすぎないとする「地動説」へ基本的な見方の転換が決定的に重要であるという点である。対応して、これまで無視されてきた事柄に関わる検討課題が浮上する。この検討が後半の内容である。その内容に関心のある方は、ファイルの後半、さらにDPの225, 226をごらんいただきたい。
 参加者は、「今日の報告者はよくしゃべるなあ・・・いまさら驚かないけど・・・・」と呆れ返ったかもしれない。予定時間が経過して会議は終了した。

 報告用ファイルおよびIntroduction and SummaryのDiscussion paperは以下からダウンロードできる。

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第34回
2010.10.29
(金)

 今回は、「プライベートエクイティシリーズ第3回 日本・アジアにおけるセカンダリー・ファンド・オブ・ファンズの現状/今注目されている『セカンダリー・ダイレクト投資』とは」と題し、前2回(8月20日の第30回と9月10日の第32回)と同じくAntCapitalの棚橋・前川両氏に加えて、同社のセカンダリー投資グループ、マネージング・パートナー佐村礼二郎氏においでいただき、お話を伺い、討議した。
 近年、アメリカを中心にしてプライベートエクイティ(非上場株式)市場の成長が著しい。流動性の低さが市場の成長の決定的障害となってきた非上場株式についても流動性の低さに見合った魅力に注目する投資家と投資を可能にする環境が次第に整備され、市場の成長がさらに状況を好転させつつあるということだろう。ここで、「流動性が高まれば、さらに市場の成長は加速するだろう。なぜそうならないのか・・・」との疑問を抱き、状況の改善を期待するのが自然だろう。たとえば、venture capitalの活動・資金供給量がなかなか拡大しない原因の1つが、投資資金の回収期間の長さとその流動性の低さ(基本的には7年〜10年の投資期間中固定される)ことである。「もし、流動性が高まり、状況・計画の変化により回収を前倒しする必要が生じた際のコストが低下すれば、さらに前向きに対応するのに・・・」と考える投資家が少なくないはずである。
 「セカンダリー・ダイレクト投資」とは、各種の投資(たとえばventure capital fundへの投資)を、投資家から譲り受けるという型式の投資であり、各種のサービスを付加して、転売することにより投資資金を回収し、同時に利益を獲得することを目指す。プライベートエクイティ市場の流動性を高める(創造する)役割を期待される存在であり、市場の拡大と表裏一体の潤滑油ビジネスと位置づけられる。
 「こういうものが存在し成長したら・・・」と期待していたフォーラム参加者は、「すでに存在するのですか」と素直に驚くと同時に、「どうやって生まれたか?」「どの程度の規模か?」「順調か?」「ビジネスの具体的内容を具体例に沿って教えてください」「アメリカに比して日本のビジネスの規模が小さい理由は?」「今後の見通しは?」などの質問を連発して、議論は大いに盛り上がった。私の推測では、参加者がこれほどの関心を持ち会合が盛り上がるとは報告者側も予想しなかっただろう。
 歴史も浅く、規模もさほどではない現状に照らして、障害・課題などに話題が及び、さらに、「ところで、今日の参加者のほとんどもその存在を認識していなかったようですが、どの程度の範囲で認知されているのですか・・・?」という質問が向けられた時に、雰囲気は暗転した。プライベートエクイティは流動性0であり、契約期間一杯保有する、あるいは将来にわたって回収は不可能・・・と考えるのが常識であったから、売却が可能である(流動性が0でない)ことを認識させ、理解させ、そのことを通じて投資家の行動を変化させるというプロセスがようやく始まった段階なのだ、ということに気づかされた。当然、金融・資本市場に関わる関係省庁等の担当者や、彼らと金融資本市場のさらなる活性化・発展などについて議論し活動している人達も同様だろう。大学等の研究者についても状況は変わらない。たとえば、venture capitalの必要性を訴え、金融機関等に対応を要請あるいは強制することに熱心な人達も、流動性の創設・向上が有効な対応策かもしれないと考え、それに向けたビジネスが生まれていることに注目し、これを有効に活用することに注目したらとも思った。
 Venture businessの育成・支援、その一環としてのventure capitalの供給増を叫ぶ声に、「やれやれ、またか・・・。見るべき成果が現実化しない理由に関する説得的な分析でも見せてくれ・・・」と白けた気分を抱く人達が多いだろう。興味深い話題であった。
 佐村さんとはじめとする3名のAntCapitalの皆さんに深謝します。

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第33回
2010.10.08
(金)

 今回は、大日方隆さんをはじめとする5名の会計学者においでいただき、”Accounting Alchemy”と題する論文およびそれに対する厳しいコメントをめぐって報告を受けて討議した。会計情報のrelevance、資本市場の効率性に関わるものであり、大日方さんに如何ですかとお願いしたところ、こういう論点に関して経済学者の皆さんとの意見交換は大歓迎ですとして商談成立し、会計学の側からも5名の方々が参加された。ちなみに、ご参加いただいたのは、会計情報のrelevance、資本市場の効率性などの論点に関心が深く、しかも実証研究を重視される方々であり、典型的な会計学者だというわけではない、というのが議事録作成者の理解である。
 この論文は、Wharton School (University of Pennsylvania)のprofessor Robert Verrecchiaが2009年6月のBIS Conference on “Financial system and macroeconomic resilience: revisited”で報告したものの改訂版(March 2010, BIS Working Papers No.302)である。Discussantの一人であったprofessor Mary E. Barth (Stanford University Graduate School of Business)の”Perspectives on accounting alchemy”も同Working Paperの末尾に収録されている。
 採用会計原則の変更、さらに許される会計ルール自体の変更により報告される数字が変化し、それをめぐって株価が変動する・・・ように見える。加えて、昨今の会計基準をめぐる国際的な攻防に関する新聞報道などを眺め続けて、市場は効率的じゃあ・・・なかったのか、という漠然とした感想を日頃から抱くメンバーが少なくなかった。著名な会計学者がBIS Conferenceで報告したこの論文のタイトルを見て、取り上げて話題にすることになった。  秋葉さんと米山さんが分担して当日用意された資料(ダウンロードできるようになっている)をご覧いただこう。論文執筆者とコメント担当者の間に激しい対立があるが、この論文の内容とコメント担当者の批判の内容の双方に対する報告者の評価は、はなはだ低調であった。「タイトルに惑わされて取り上げることになり、担当することになったが・・・」という気分のようであり、会計学サイドの参加者の評価にバラツキはほとんどないようであった。経済学サイドからもいろいろと質問が出たが、「なあんだ・・・」という反応で終わることが多かった。「BIS Conferenceの報告論文はもっとよい内容のものではないのですか?」と会計学サイドから問われて、答えに窮して「さあ・・・」と苦笑した。
 議論は、会計情報のrelevance、資本市場の効率性などの論点に関する会計学分野の実証研究の方法と内容に向けられ、活発な意見交換が行われた。日頃の交流の状況を反映して、即座に実質的成果が上がる状況ではないが、その必要性に関する認識は進行したはずである。
 関心を抱いても読むことが困難であり食欲もなかなかわかない類の論文である。要領よく紹介し、フォーラムでの議論に積極的に参加していただいた会計学者の皆さんに深謝します。

 当日用意された秋葉さんと米山さんの発表用資料は下記からダウンロードできる。

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第32回
2010.9.24
(金)

 今回は、「プライベートエクイティシリーズ第2回 ハンズオンスペシャリストが語るバイアウト投資におけるハンズオンの実態」と題し、前回(8月20日の第30回)と同じくAntCapitalの棚橋・前川両氏に加えて、同社のプライベート・エクイティ投資グループ、パートナーの近藤Nick直樹氏においでいただき、お話を伺い、討議した。  同社のいくつかのグループの中でこれまでの「勝率」が非常に高いバイアウトのグループのパートナーである近藤氏から、いくつかの事例について、報告を受け、具体的内容に立ち入って意見を交換した。経営権の取得や経営への参画を伴わない株式投資でも「こうすればうまくいく・・・」といううまい儲け話はないと多くのメンバーが考えているフォーラムであるから、経営権の取得や経営への参画を伴う株式投資についても「こうすればうまくいく・・・」といううまい儲け話はないことをほとんど自明の前提として議論が進んだ。
 結果として高い収益率を実現したケースについても、それを可能とした要因をめぐっては議論が錯綜することになる。報告者の説明についても、各方面から疑問が提示され、議論が思わぬ方向に飛躍・展開することもしばしばであった。
 Virgin Cinemas Japan, 本間ゴルフ、アントステラ(ステラおばさんのクッキー)などの具体的事例に即した報告と討議は、メンバーにとって日頃接することがはなはだ難しい内容に関わるものである。自然に全員が積極的に議論に参加できたわけではない(愉しんだ議事録作成者の杞憂かもしれない)としても、ともすれば、金融・資本市場を「資金を配分する市場」としてのみ捉えがちなフォーラム参加者にとっては、資金とともに各種資源・ノウハウ・リスク等も取引される市場だという点に改めて注意を喚起する貴重な機会であった。プライベートエクイティシリーズの次回以降の会合においても同様だろう。第3回は10月29日である。
 「こうすればうまくいく・・・」を含む「こうすればこうなる・・・」という整理に馴染まないものであるため、内容を議事録に要約することもほとんど不可能である。さらに、具体的細部にまで立ち入る議論の内容は、「ここだけ・・・」という了解を前提とせざるを得ず、結局、当日配布された資料についても、事前の了解に基づいて、議事録への掲載は見送らざるを得ないこととなった。今回の内容等についてご関心をお持ちの方は、AntCapitalの棚橋さん(stanahashi@antcapital.jp)までご連絡ください。支障のない範囲でお答えいただけるとのことです。
 例によって9時過ぎになって会合を終了することとなった。今日の議論を振り返って、大昔に読んだ、コングロマリットの最も華々しい成功事例とされたITTの最高経営者であるHarold GeneenのManaging(邦訳『プロフェッショナル マネジャー』早川書房1985年)を思い出し、その基本的考え方を説明したところ、「その通り、同感です・・・」という反応であった。

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第31回
2010.9.10
(金)

 今回は大学院の成田悠輔さんから、American Economic Review (2008)に掲載されたA. Fostel and J. Geanakoplos, “Leverage Cycles and the Anxious Economy”について報告を受けて討議した。
 彼らが“emerging asset classes” (that are not yet mature enough to be attractive to the general public)と呼ぶ国際金融市場の中では小規模な金融資産(サブプライム債もその一例)の価格・発行量変動の仕組みについて、データを用いたfact findingと(市場の不完備性や情報の非対称性の入った)一般均衡分析の数値実験で分析した論文である。
 最大の魅力は、近時の“financial crisis”の原因の1つとして評判の悪いleverageの機能について、「高いleverageの存在は、(a)上記の小規模な金融資産とより大規模な金融資産の価格のcontagionを説明する際には必要ではないかもしれない、(b) 金融資産の信用格付けがその価格・発行量の変動に与える影響を説明する際には重要だ」とする含意を導いている点である。
 Finance分野におけるGeanakoplosの近年の華々しい活躍もあって参加者の期待が大きすぎたのかもしれないが、参加者の平均的評価はかなり低かった。「そもそも“emerging asset classes”の厳密な定義・性格付けは何か?“anxious economy”は?」「現実世界の主たる対応物は何か?」「それらと近時の“financial crisis”時の資産価格の変動との対応関係はどのようなものか?」「どこまで論文の中で確認されているのか?」「実証研究として読めるか?読むべきものか?」から始まって、「fact findingとして強調している部分は、説得的か?」「全体の構成はどこまで整合的か?」「何をした論文か?」「なぜAmerican Economic Reviewに掲載されたのか?」などという点にまで及んだ。教え子であるFostelの実態に関わる研究を見てひらめいたGeanakoplosのアイデアを共同論文にしたものであって、あまり完成度の高い論文ではないというのが参加者の平均的な諒解だろう。
 高いleverageそれ自体が好ましくないとし、その制限に熱中する近時の世界的傾向に懐疑的である私は、無条件ではないことを示唆し、より慎重に関連条件を吟味すべきである点を含意とする論文としてかなり好意的に読んだ。よくできた実証研究として評価することには無理がある。
 多くの要因を含む相当複雑な論文である。しかも必ずしも厳密に書かれてはいないこともあり、読むのに相当骨が折れると予想される。困難な作業を明快かつ要領よく果たしてくれた成田さんに深謝します。

当日用意された成田さんの報告用メモは以下からダウンロードできる。

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第30回
2010.8.20
(金)

 今回は、アント・キャピタル・パートナーズ株式会社の棚橋俊介・前川卓志両氏においでいただき、「日本のプライベート・エクイティ(PE)投資の現状」と題してお話を伺い、討議した。
 大多数の株式会社の株式は未上場である。しかるに、株式投資、つまり投資家による株式会社への資金供給、が話題になるのは、きわめて例外的なケースを除いて、上場株式への投資である。未上場企業への資金供給に関連する話題のほとんどは金融機関による融資である。日本では中小企業向けの「貸し渋り」が過去20年間を一貫する話題であった。
 未上場企業の多くも株式会社である。未上場企業の株式が売買されないわけではない。とりわけ1980年頃以降にアメリカを中心にプライベート・エクイティ(PE)市場が急速に拡大してきた。その実態、急拡大の理由、果たしている役割、日本の現状とその決定要因、今後の見通しと関連政策課題などについても話題として取り上げたいと考えていた。幸い、アント・キャピタルの方々からいろいろお話を伺って理解を深める機会が得られることになった。今回は、その第1回であり、初心者教育として概要をお話いただくと同時に、お話いただく側の方々の需要調査も兼ねた会合とした。
 資料の4頁にPE投資の位置づけ表がある。PEファンドは、非上場株式へ投資するファンドであり、オルタナティブ投資の一種である。隣には「ヘッジファンド」が並ぶ。PE投資には、「バイアウト投資」「ベンチャーキャピタル投資」「ディストレスト投資」「セカンダリー投資」に分類される(8頁)ことに示されるように、相当異質のものがここに同居する。
 世界のPE投資額は2007年で約69兆円の規模である。その71%をアメリカが占め、次にイギリスの6.8%が続く。日本は3.6兆円程度とされる。
 ファンドストラクチャーは、19頁に示される。
 アメリカではPEファンドへの投資の多くが年金基金による。かりにそのパフォーマンスが良好であれば、それにより年金受給者と投資対象企業の双方が利益を受けることになる。たとえば、ベンチャーキャピタル投資、ディストレスト投資、バイアウト投資などのPE投資の拡大を通じて、未上場企業への資金供給が促進され経済全体の活性化・成長促進に貢献するかもしれない。高齢化と経済の長期停滞の双方に悩まされる現在の日本経済にとって重大な話題となる可能性がある。永年、ベンチャーキャピタル、ベンチャービジネスの重要性を声高に叫びながらほとんど見るべき成果が上がらなかった国のことである。その原因と改善策の検討にも重要かもしれない。
 初回は、いわばお見合いのようのものであり、ほとんど盛り上がらないのではないかとの懸念があったが、気がつけば9時を過ぎていた。シリーズの次回からより具体的な話題を取り上げることとし、9月24日の第2回にはバイアウト投資をとりあげることとした。
 「投資」と呼べば、資金の取引と考えやすい。しかし、同時に(並行して)各種の「サービス」とセットとなることが多く、そのよな「サービス」の提供面で優れたperformanceをあげると期待される組織・人々が資金を集めて投資する(できる)と見る方が適当かもしれない。資金に乗せて経営上のノウハウの提供を含む各種「サービス」を取引する市場であり、「金は出しても口を出すな・・・」と考える風潮が強い社会には不向きなのかもしれない。次回の会合はこのような点について考えるための絶好の機会になるはずである。
 門外漢の初心者が多い会合で、戸惑いながらも我慢強くお付き合いいただいた棚橋・前川両氏に深謝します。

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第29回
2010.7.9
(金)

 今回は、野村総合研究所の大崎貞和氏から、「米国の株式市場構造と『フラッシュ・クラッシュ』」と題する報告を受けて討議した。Flash Crashとは、2010年5月6日の米国株式市場で、とりわけ午後2時半以降に発生した株価の乱高下に与えられた通称である。2時42分から47分にかけて573ドル27セント急落し、47分からの1分半で543ドル暴騰した。安値までの前日比下げ幅995ドル55セントはリーマン・ショックを上回り史上最大の下落幅であり、2時40分から3時までに成立した約定のうち、2時40分時点の価格を60%以上下回った326銘柄20,761件の約定が取り消された。
 当初流れた誤発注引き金説はほぼ否定されている。原因解明のための検討の報告(暫定的なもの。最終報告にはさらに1年程度の期間が必要の模様)が公表されている。このケースに顕在化した一連の現象に焦点を合わせながら、最近の米国株式市場の状況に関して議論した。最終的には日本の株式市場との比較を念頭に置いた。今後金融システムと実体経済との関わり、より中長期的な関連に、焦点を合わせた話題をより多く取り上げ、その一環として株式市場関連の話題を取り上げる本フォーラムの計画の一環である。
 もとより、日本でも1998年の証券取引法(当時)改正で取引所集中原則が撤廃されており、2004年の法改正でオークション方式を採用する電子取引システムの開設が認められている。いくつかの理由から日本では注文執行の場の多様化や市場運営者間の競争がさほど進んでおらず、さらに個別銘柄の値幅制限があるなどの理由からFlash Crashのような現象は起こりえないと見られる。アメリカ市場で発生した現象と発生メカニズムに照らすと、日本市場の問題点・今後の課題もクローズアップされるだろうとの期待からもこの話題を取り上げた。当然、東京証券取引所のような圧倒的ものが存在するわけではないし、このようなものが存在することもあって最良執行義務が形式化することもない。
 1996年の注文取扱い規則(Order-handling Rules)の採択を契機に電子取引システムのシェアが拡大し、NYSEやナスダックなど取引所が対抗策として電子取引の強化や経営戦略を積極化し、その後の10年強の期間に米国株式市場は大きな変貌を遂げた。NYSEとナスダックなどの上場銘柄は40余りの「市場」で取引され、主要市場の取引シェアは3割程度に低下した。
 市場間競争の弊害として注文約定の分散による価格発見機能の低下が指摘され、その弊害防止のために、気配情報の公表と市場間の迅速な注文回送による最良執行の確保が必要だとされることがある。他方、その帰結として、回送された注文の集中による混乱の発生・激化が発生するかもしれない。象徴的に「市場の分裂か多様化か」と表現される検討課題である。(もっとも、こういう現象・論点は、株式市場にかぎらず、市場と規制に関連して数百年にわたって繰り広げられた「神学論争」の再現のようにも見える。)おそらくは、個別検討課題に即して具体的に検討されるべきものであろう。
 少なくとも潜在的には発生・存在が予想されてきた現象・検討課題がflashyな現象として観察され、しかも、とりあえずは大変な実害を伴ったというほどのものではなかったという点で、絶好の検討課題が具体的に示された可能性がある。このため、当面は。サーキット・ブレーカー制度(取引を中断して落ち着かせようとするものであって、日本の値幅制限とは異なる)やマーケット・メーカーの役割・義務の見直し、各取引所システム・電子取引システム及び相互関係に関する規制の見直しなどが「再発防止策をめぐって」議論されるとしても、今後公表される予定の検討結果を含めて、豊富な情報が提供されて、日本でも現状の評価と今後の課題に関する検討が深まることを期待したい。発生場所が日本でなくてよかったと安堵するとしても、どうやら日本では発生しようがない状況であったらしいことにも関心を持つ必要がある。プールで溺死する子供がいないのは、子供が入れるプールがないからだ・・・というのでは喜べない。
 最近の興味深い現象に焦点を合わせながら、近年の株式市場の大きな変化とその帰結に関わる多くの話題を提供し、今後の多様な検討課題への関心にもつながる活発な議論を喚起していただいた大崎さんに深謝します。

当日用意された大崎貞和さんの発表用資料は、下記からダウンロードできる。

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第28回
2010.6.18
(金)

 今回は、Tobias Adrian and Hyun Song Shin “Financial Intermediaries and Monetary Economics” (Federal Reserve Bank of New York Staff Reports, No.398, October 2009, revised May 2010, forthcoming in Handbook of Monetary Economics)について、東京大学大学院の成田悠輔氏の報告を受け、討議した。
 「金融危機」「金融・資本市場の混乱」には多様な側面がある。研究者・観察者の関心も多様である。今回の「危機」については、とりわけ短期金融市場の混乱・麻痺の発生およびその影響の大きさ・長期化に関心が集まり、その発生原因・波及メカニズム・対応策・再発防止策が話題・検討課題の中心に位置し続けている。それ自体は自然であり、混乱への対応策がさらなる混乱に帰結しがちだという歴史的経験に照らしても健全なことである。
 とはいえ、「金融危機」の実物経済、経済全体への短期的、さらに長期的影響の検討に関心が向くのも自然なことである。目先の混乱に関心を集中するにとどまらず、その影響・関連対応策の影響を、経済システム全体の中に位置づけて考察する必要がある。そのために、既存の経済モデル、検討の枠組みに今回のような「金融危機」が発生する可能性・発生メカニズムを組み込む作業、さらに新たな枠組みの構築に関心が向くのも自然なことである。もちろん、そのような作業は容易ではなかろう。
 そのような作業・試みの1つとして注目したのが今回の論文である。とりわけ今回の「金融危機」の過程で多くの論文を公表して世界中の注目を集めてきた2人の著者が、Handbook of Monetary Economicsに収載されるものとして表題の論文を公表したのである。重大な興味と関心を持ってフォーラムの素材として取り上げた。
 検討の焦点は、中央銀行の金融政策の波及過程の中心に位置する「金融機関」の取扱いである。中央銀行の金融政策は「信用乗数」を経由して金融市場の供給に影響を与え、市場の需要曲線との交点で決る金利に与える影響を通じて経済全体に影響を与えるという従来型の理解は、今回のような「金融危機」下で、「金融機関」相互間での資金の流通が麻痺して、中央銀行の「量的緩和政策」が所期の効果を発揮しないという広範な観察事実を前にして、根本的な検討を迫られていると考える研究者が少なくない。この論文の中心は、「信用乗数」に従って「機械的」に行動するのではなく、各種「リスク」に反応しながら行動する「金融機関」を想定して、「金融危機」下で金融機関の行動に顕在化する影響に焦点を合わせて、金融政策の波及過程を見直そうとする試みの一環と位置づけられる。
 より大きなシステムの一部に組み込むことを想定すれば、他の部分との整合性などから様々な制約を受ける。そのためもあって、このような試みが容易ではないことを認識するメンバーの評価は概して好意的であった。とはいえ、これで課題の検討が大きく前進したとする評価までは至らない。興味深く重大な一歩であろう。
 Handbookに収載される論文だからと、たとえば、多くの著者達の重要な論文の体系的なsurveyを期待し、あるいは重大かつ緊急な検討課題に対する見通しのよい解決策のようなものを期待すれば、期待は裏切られるだろう。実質的には、近年著者達が次々と発表してきた一連の論文を継ぎはぎしたものだとの印象が強い。まして、最近の現象に関する「実証研究」とまで位置づけて評価することは適切ではなく、そのようなものとして読むメンバーはいなかった。
 偶然ではあるが、翌週の火曜日(22日)に、同じHandbookに収載予定のMark Gertler and Nobuhiro Kiyotaki, “Financial Intermediation and Credit Policy in Business Cycle Analysis”の共著者の1人であるKiyotaki教授の報告を聞く機会があった。マクロモデルにおける「金融機関」「金融政策」の位置づけの見直しにより直接的な関心をもつこの論文との比較も、検討課題の重大さと困難さをよりクローズアップに貢献するだろう。
 このように「金融機関」を見直していけば、「金融機関」とは何か、「金融政策」との関連で重要な「金融機関」は何か、伝統的「金融機関」にこれまで通りの特別な地位を与え関心を集中することが適切か、という視点からの検討にも関心が向かうだろう。
論点が多岐にわたる論文を、メリハリをつけて要領よく報告し、続出する質問や意見に的確に対応して、フォーラムの議論・検討に大きく貢献した成田さんに深謝します。

 当日用意された成田悠輔さんの発表用資料は、下記からダウンロードできる。

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第27回
2010.5.14
(金)

 今回は、Gary Gorton “Slapped in the Face by the Invisible Hand: Banking and the Panic of 2007”について新井富雄氏から報告と話題提供をお願いし、その話題の中心に位置するrepo市場に対応する日本の国債レポ市場に関連して日本銀行の村國聡氏から「国債市場と流動性――国債市場における市場慣行・インフラ強化の展望について」と題して報告を受けて、討議した。
 「Shadow Banking SystemはReal Banking Systemであり、現在起こっていることは、a banking panicに他ならない。このことを理解することは、金融システムの将来について考える際に極めて重要なこと」だとする見方・主張を中心とするGortonの論文は、FRB of Atlanta’s 2009 Financial Markets Conference: Financial Innovation and Crisisで報告されたものである。昨今盛行する、銀行を中心とする伝統的金融機関に焦点を合わせた「金融パニック・混乱の原因と再発防止策」論議に、別の新たな視点を提示し、冷静に検討を進めることの重要性を訴える役割を果たしうる。
 19世紀半ば以降のアメリカで頻発したbanking panicが大恐慌後の預金保険制度の創設によりほとんど影をひそめた。今回のpanicは、ほぼ70年間にわたって継続した平穏な状況の後に到来した。預金保険制度によって保護されるのは小口の預金であって、大口の「預金者」にはその他の安全対策が必要であった。そのような大口「預金者」の比重が高まり、同時に、情報処理・通信両面で現実化した顕著な技術進歩が伝統的「金融機関」の相対的魅力・優位性を低下させた。このため、一部で好んでshadow banking systemと呼ばれる”real banking system”が急速に発展した。(Gortonの主張ではないが、発展が急激であったことと、「日陰の存在」であるかのような位置づけのため、生じるおそれのある混乱への対応策が遅れたということか?)そうであれば、日本でも同様の事態の顕在化を予想するのが自然だろう。
 今回の事態・混乱の診断としては参加者の評価は高かったが、最後の対応策の部分に関して積極的支持者は見あたらなかった。事柄の性質上当然のことであり、今後の冷静な議論・対応が必要だろう。今回取り上げたのもその趣旨であったから、予定通りである。
 今回の金融パニックの過程で生じた如き大混乱は、少なくとも比較可能な規模では日本では生じなかった。「Lehman shock時の日本の状況はどのようなものだったか?」「日本で大きな混乱が生じなかったとすれば、その原因は何か?」「近い将来に関してはどうか?」「日本の国債レポ市場の実態はどのようなものであり、どのような変化しつつあるか?」などという関心から、日本の国債レポ市場に関してお話をうかがい、討議した。 
 盛りたくさんの内容であったこともあり、とりわけ後者の内容に関しては、実態と検討課題について教えていただいたという観が強い。とはいえ、今後のフォーラムの活動の基盤形成に大きく貢献するはずである。いつもながら、多様な角度からの議論が錯綜する会合に我慢強くおついあいいただいた新井・村國両氏に深謝します。

 当日用意された資料のうち、新井さんと村國さんのものは下記からダウンロードできる。さらに、村國さんが参照された証券決済制度改革推進センターの会議資料は下記URLからダウンロードできる。

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第26回
2010.4.30
(金)

 今回は、三輪が「『法人企業統計季報』個表に見る資金調達側企業の行動」と題して報告し、討議した。
 本年夏までの予定で、三輪を代表とする研究者のグループが、財務省の「法人企業統計」(季報と年報)の個表の利用を許可され、現在、鋭意、検討を進めている。個表データを利用するケースに限らないが、研究は、事前の予想通りには進まない。検討途上で、予想外・想定外の事態に直面し、検討課題と検討方法、さらに研究体制を見直し立て直すことは、研究者にとって最大の喜びの1つだろう。今回、三輪は主として「季報」の個表を用いて検討を進めている。1997年〜1999年の”Credit Crunch”の実態と深刻さに焦点を合わせた前回の研究の結論を、中小企業にまで検討範囲を広げて確認することという最初に設定した検討課題に関連して想定外の事態が生じたのではない。
 その途上で、予想外の重大な結果に直面し、検討課題・方法、さらに研究体制の見直しが必要と考えるに至った。個表の利用は、基本的に、研究終了後に成果をまとめて公表することになっている。このため、途上で直面した状況・「発見」を公表し、それに対する反応・コメント・助言等を参考にして、「見直し」を進め、体制を再構築するということは想定されていない。今回の会合では、とりわけ個表利用の内容に直接関わる部分への言及・引用は、最終結果の公表以後にしていただくとの了解の下に、検討途上の内容の一部を報告し、コメント・助言等を求めることとした。同時に、関連する基礎情報として、「法人企業統計」の時系列データ(公表されている)を整理した資料集を提示して、検討の参考資料とした。
 次の観察事実が、見直しの契機となった想定外の事態を象徴する。Credit crunch、「貸し渋り」との関連で注目する「金融機関短期借入金」の総資産に対する比率を求めて、その分布を借手企業の資本規模別の階層別に見ると、季報で利用できる最小規模クラス(資本金規模1,000万円〜2,000万円)で、medianが2000年より前に0になり、75%値、90%値は、その後も一貫して顕著な低下傾向を示している。Medianが0になる時点はこのクラスで最も早いが、より大きな規模のクラスでも状況は似ている。つまり、ほとんどの規模クラスで、半分以上の企業の短期借入金残高が0という状態が実現し、その状況が継続している。「1980年代に大規模優良企業が『資本市場』を積極的に活用することにより『銀行離れ』が現実化した。しかし、これは大規模優良企業にのみ許された例外的事例であって、とりわけ中小企業にとっては銀行との優良な関係の確立・維持が生存・成長に不可欠だ。Banks are the only game in townだ」というのが今日も広く受け入れられている常識・通念だろう。フォーラムの全参加者がこの観察事実に驚かされた。見方によっては、存在しないと誰もが確信していた「新大陸」の発見のようなことであり、「そうすると・・・」という一連の新たな検討課題が浮上するだろう。席上では、さまざまな見方・意見が錯綜した。
 検討の参考資料・関連する基礎情報として提示した、「法人企業統計」の時系列データ(公表されている)を整理した資料集についても、「エ・・・ッ!」という点が少なくなく、「そういうことの専門家はどうして違うことを言っているんですか?」「専門家はいないのですか?」から始まって、議論は多岐に及んだ。
 情報の提示と共に今後の検討課題あるいはその方向性を提起することに重点を置き、その後の議論の展開に期待する趣旨であったから、たとえていえば、珍しい、あるいは見たこともない食材・料理を参加者が楽しんだという状況であった。例によって、9時過ぎに、そろそろ着地を目指しましょうか、と言いつつ終りとした。

 当日用意された三輪の報告用メモは下記からダウンロードできる。季報の個表を用いたファイル(資料A)は、現在進行中の作業の一環であることもあり、当日提示したものを簡略化した。時系列データ(公表されている)を整理した資料集(資料B)については、当日のものである。ファイル・サイズが大きい点に注意していただきたい。

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第25回
2010.4.23
(金)

 今回は、野村資本市場研究所の淵田康之氏から「金融危機後の各種改革動向の概括と評価――ボルカー・ルールを中心に――」と題してお話を伺い、討議した。「リーマン・ショック」以降に限定してもすでに1年半以上の時間が経過した。その間、「金融規制改革」が新聞・TV等の話題とならない日がないともいえる状況が継続した。次々と話題が登場し、その多くが現実化することなく忘れ去られた。しばらく前に登場しオバマ大統領が支持して注目されたボルカー・ルールについて一度話題として取り上げようと考えていた。金融規制改革の長い法制化のドラマがようやく最終章に近づいたように見えるから、淵田さんに金融規制改革のお話を伺うこととし、その際にボルカー・ルールにも焦点を合わせていただくように強引にお願いした。淵田さんが特にこのルールに注目されていることを必ずしも意味しない。フォーラム参加メンバーについても同様である。1年前のGeithner planとの対比も想定して(Geithner planについては第4回の議事録を参照)、ボルカー・ルールをはじめとする話題の金融規制改革法案を話題にするopen discussionを企図した。
 昨年12月に下院を通過したバーニー・フランク議員提出の法案第4,173号は1,279頁におよぶ。上院で審議されるクリス・ドッド議員提出の法案も1,336頁におよぶ。それぞれの内容や相違・今後成立するとされる最終結果の内容を紹介し、その意図・予想される効果・影響などについて解説していただくだけでもかなりムシのよいお願いである。しかも、冒頭から質問や異論が続出し飛び交うのが通例のこのフォーラムである。どうなることやらと不安視する向きもないではなかった。始まってみれば、いつもの如く、用意されたメモ・資料には必ずしも沿わず、各方面に飛び火しつつ議論が盛り上がり、9時過ぎに、「そろそろ・・・」という進行係の水入りで沈静化した。
 いくつかの柱に要約される今回の規制法案に関する議論の中心は、「達成すべしとされる目的は何か?」「法案は目的達成にどの程度有効か?」「誰がどのような理由でこの法案を支持しているか?」「なぜこの時期に、この内容でまとまるのか?」「この内容をどのように評価すればよいか?」「日本を含む他国、さらに世界経済への影響はいかなるものか?」などである。
 参加者のほとんどが、法案成立に至る昨今の動き・法案の内容をかなり醒めた眼で見ていた。海外の新聞報道等を参照するかぎり、金融危機発生前後から発生後1年間程度の間に積極的かつ多様な議論を展開してきた論者の多くも醒めた眼で眺めているように見える。たとえば、世界経済、世界の金融システムがこの先どうなるのかという不安を抱いている時期に提起されたGeithner planと、1年後のこの時期のボルカールールを含む金融改革法では、環境条件・政治状況・実質的政策目的も大きく異なる。「これ(この程度)で終わりか(終ってしまうか)?」「この先何が起こるか?」「G20のものを含め、世界各国の動向との関係はどうなっているか?」などという論点を含め、議論は大いに盛り上がった。
 今回の法案に至る動きに関して、「今回のような事態の再発を防止すること」を最優先課題としているとしても、「今回のような事態」の実質的内容が、「膨大な額の税金の投入、しかも大手金融機関救済のための(ように見える)投入」だという印象を抱く参加者が多かった。このことを反映してか、Geithner planの時と比べて、法案の内容と期待される有効性などの具体的論点の詳細に関する議論は盛り上がりに欠けた。
 無理な注文に応じてお越しいただき我慢強く相手をしていただいた淵田さんに、多少は議論を楽しまれたことを期待しつつ、深謝します。

  当日用意された淵田さんの報告用メモは下記からダウンロードできる。

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第24回
2010.3.19
(金)

 今回は、早稲田大学大学院会計研究科の秋葉賢一氏から「金融商品会計基準―評価と債権償却の動向―」と題する報告を受けて議論した。「いまやIFRSを知らずして顧客と金融商品の話をすることはできません。まだ確定していないことも多いので、たとえばIFRSですべての商品がどう処理されるのか予知能力があればお客様から引っ張りだこです」とするメンバーから、「国際会計基準とはなんですか?」「誰がどうやって決めるの?決めたら日本で適用される基準になるのですか?」「話題になっていることがしばしば新聞等に登場するけど、よくわからないね。そもそも国際会計基準というより会計基準がなぜ話題になるの?なぜ重要なの?」などというpuzzlesに悩まされるメンバー、さらに「そういうことが話題になっていることさえ知らなかった・・・」というメンバーまで含まれるフォーラムにお越しいただいた秋葉さんに感謝しなければならない。
メンバーである大日方氏に大雑把な趣旨をお話してお願いしたが、「メンバーの関心がどういう点にあるか?何を話題にするか?」「どのように説明したら理解されるか?」から、「理解可能か?」「対話が成立するか?」「議論になるか?」などまで多くの点で戸惑わせ、少なくとも事前には少なからぬご心労をおかけしただろう。とはいえ、ご用意いただいたメモに沿っては議論が進まず、開始早々からの質問とそこから派生する脱線などでいつもの如くあっという間に9時になり、「そろそろ・・・」とお開きにした。大日方さんには、メンバーの(潜在的)関心を整理して秋葉さんに引継いで回答を引き出す介添え役兼実質的進行係の役割を果たしていただいた。
たとえば、日頃、企業の財務データを見る機会が少なくないメンバーも、「利益」のみならず「売上げ」「コスト」も会計ルールに従う報告に基づくという、言われてみれば当然のことに改めて注意を促された。分野ごとの特性を反映して100以上の売上げ計上ルールが存在しルール相互間の整合性のチェックに関心が向くアメリカのような国と、そのような多様なルールが存在しない日本のような国では、たとえば、「売上げ」といってもその実質的内容が大きく異なるおそれがあること、経済のサービス化の進展と共にその深刻さが増大していることに気づき、「やれやれ」と思った参加者は三輪だけではなかっただろう。
金融商品に関わるものに限らず、国際会計基準の作成ははなはだしく生臭いものであることは想像に難くない。過去の長い経緯(2001年に国際会計基準審議会(IASB)になる前の国際会計基準委員会(IASC)の時代にまで遡る)や、現在の進行状況と今後の方向性、EUとアメリカ合衆国との関係などに関する説明、日本(政府)の関わり方、さらに一連の経過に関する日本の新聞等の報じ方に関する解説など、多くの初心者や全く知らない者を含む多様な参加者にとって、少なくとも関連する話題に接近するための糸口確保に大きく貢献する有益な会合であった。
「たとえば、新聞や雑誌の記事・論説を見て疑問等を抱き、あるいはもう少し知りたくなった時に、真っ先にどこへ行き何を参照することお勧めになりますか?」という最後の質問は、笑顔で「それは微妙なご質問ですね・・・」といなされてしまった。「逆の立場に立てば、同じ行動を取るかもしれないな」と頷いた。
無理な注文に応じてお越しいただき我慢強く相手をしていただいた秋葉さんと、仲介役、さらに介添え役兼実質的進行係の役割を果たしていただいた大日方さんに深謝します。

 当日用意された秋葉さんの報告用メモは下記からダウンロードできる。

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第23回
2010.2.26
(金)

 今回は、三輪が「『貸し渋り』・『借り渋り』と「信用保証」:1998.10〜2001.3の特別信用保証を中心に」と題して完成間近の同名の論文の前半部分について報告して討議した。例によって、6時半にスタートした会合は、9時半頃に「そろそろ終りにしないと・・・」との報告者の台詞とともに強制着陸した。論文は月末には完成の予定である。
 融資取引市場では多様な「信用保証」のシステム・メカニズムが重要な役割を果たしている。その上に、「信用保証制度」と呼び習わされている一連の「政策」が地方・中央「政府」およびその関係機関によって提供されている。1937年にまで起源を遡ることができる日本の「制度」は、その歴史の長さ・内容の多様性とともに規模の点で、飛び抜けて目立つ存在である。とりわけ「バブル」崩壊後の1990年代にその規模拡大とともに、「中小企業政策」の主柱の1つとしての地位を確立した。1998.10〜2001.3の時期に従来のものに上乗せして実施された特別保証制度では約2兆円の財政資金が投入された。2008年10月末(もちろん、政権交代前である)からほぼ同規模でスタートした緊急信用保証制度が現在も実施されている。
 中小企業向け「貸し渋り」対策として位置づけられることが多い「信用保証制度」について、その必要性の有無と重要性、「政策」としての有効性と効率性、そして現行「信用保証制度」の妥当性のそれぞれについて検討し、次の結論を導く論文のうち、「その必要性の有無と重要性」に焦点を合わせる前半部分の報告である。議論が沸騰すると同時に、「どうしてそんな政策が実施され続け、ここまで拡大し、現在も継続中なのか?」という疑問が提示され、「さあ・・・?」と報告者が肩をすくめて苦笑する場面が繰返された。

 「信用保証制度」と呼ばれる一連の政策は不要であり、その実施を通じる市場に対する政府の関与は、資源配分の歪みを発生・深刻化させ、存在する歪みを是正する市場メカニズムの作動を遅らせる弊害を追加的に発生させるから、望ましくない。
 借入額の1%程度の額の保証料(年率)を支払えば利用できる「信用保証制度」を用意し、その利用を推奨し、膨大な財政資金(国と地方自治体の双方の資金)を投入して「制度」の運営を補助(あるいは、主導)する「政策」により、市場の各側面に重大な影響・効果が顕在化する。本来的に不要な「政策」を膨大な資金・資源を投入して実施することに伴って発生する各種影響・効果の多くも積極的評価に値しない。「信用保証制度」と呼ばれる一連の政策は国民経済的に望ましくない。

 主張の内容と結論(さらに、問題提起)に怒るか、こんな政策が実施され続けていること(さらに、その実態がほとんど知らされていないこと)に怒るかのいずれにせよ、怒る人が少なくないと予想される内容である。その意味でも楽しめる内容である。論文の完成が間近いから、これ以上の紹介は不要だろう。とはいえ、とりわけ、融資取引における「情報の非対称性」という表現の愛用者にはあまり愉快でないかもしれない。
今回は、報告者に対する謝辞も省略する。

当日の報告用メモは下記からダウンロードできる。

また、3月末に完成したディスカッションペーパーは下記からダウンロードできる。

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第22回
2010.2.12
(金)

 今回はりそな銀行の荒川研一氏から「中小企業向け融資の現状と課題」と題する報告を受けて討議した。6時半から始まったフォーラムは、いつもの如く、9時半頃に「そろそろ着地点を・・・」との要請に応えざるを得ない状況であった。
 とりわけ大学の研究者の多くは、「企業」の具体的イメージに乏しいこともあり、大銀行の融資といえば、トヨタ自動車、三菱商事、東京電力などに対する融資を連想してしまう。大昔の「二重構造」論の残影もあり、大銀行の中小企業向け融資はあるとしても例外だと勝手に思い込み、メガバンクにおいてさえ「中小企業向け融資」が件数ではもちろん金額でも大企業・地方公共団体向けをしのぐ勢いである現実を想像さえできない。これでは、融資の審査、担保や保証人の位置づけ・役割、債権管理、不良化した債権の回収などに対する健全な関心も本格化せず、議論も現実的にならない。
 この状況を金融・資本市場の機能やシステムについて研究・討議する「フォーラム」にとって由々しき事態と考えたfounder・進行係・長老は、「フォーラム」の土台造りという観点から必須と考えて、「中小企業向け融資の現状と課題」のような話題提供を荒川さんにお願いした。
 限られた自らの経験を基礎に大きく展開する「中小企業談義」や「中小企業金融物語」は昔から数多く存在する。しかし、中小企業金融専門機関によるものも含め、有用かつ豊富な情報をまとめて提供する文献は昔も今もほとんど見あたらない。「大学の研究者などという珍種の関心に対応するほどヒマではないし、そんなモノズキはいない」あるいは「何が知りたいかさえ分からない」ことによるのかもしれない。具体的な関心事を明示して、「そういう点に関する情報を少しまとめた文献・文書はありませんか?」と聞いて、「さあ、そういうものは見たことがありません」という回答を受け取ることにも昔も今も変わりはない。これは公式ルートを通じる質問にかぎらない。多方面に存在する数多くの友人達を通じて打診しても状況に変わりはない。
 ビジネスの方法・内容がそこまで標準化されていないか、「物言えば・・・・」という空気が慢性的に充満しているかのいずれかであり、協力的な人物を見つけてじっくりお話を伺うという作業を積み上げる以外に方法はないだろうと判断して、今回はかなり強引にご協力をお願いした。当然、今回の会合で基本的な部分がすべて理解できるわけではないし、今回の話の内容が標準的・典型的・代表的だと考える必要もない。
 当初からの了解に基づき、作成するメモは簡単にし、実質的な報告はすべて口頭で行われた。活発な質疑を通じて各参加メンバーは豊富な情報を得て理解を深めたはずである。しかし、当初からの約束により会合の内容はオフレコであり、作成されたメモも公開しないこととした。
 たとえば、中小企業向け融資であれば、件数や1件あたりの金額からいって、ほとんどのケースについて、本店などの「審査部」にまでいくことなく支店レベルで基本的な判断と対応が行われることは当然予想される。しかし、その具体的な内容と実施体制などは、実際に聞いてみて初めて具体的なイメージを持つことができた。
 無理なお願いを聞き入れて興味深い話題を提供していただいた荒川さんに深謝します。同時に、この議事録を見て、「それならこれを見ればよい」という有用な情報をお持ちの方には、連絡をいただきたい。

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第21回
2010.1.29
(金)

 今回は、市村英彦氏にEfraim Benmelech and Jennifer Dlugosz, “The Credit Rating Crisis”, NBER Working Paper 15045 (June 2009)に関する報告をお願いして討議した。
 いわゆるリーマン・ショックに先行する時期から、今回の「金融危機」の発生・拡大・深刻化の原因・メカニズム・帰結・対応策に対する関心が世界中で高まった。証券化商品、とりわけABS CDOなどの如き複雑な証券化商品が話題の中心であった。ABS CDOの格付け大幅引下げ続出とABX価格の激しい下落が激動と混乱を象徴する。
 「誰があんなものに投資したのか?」「内容を知って投資したのか?」「内容もよくわからない証券に対する投資がなぜあれほどの規模にまで急激に拡大したのか?」などが日常的話題となり、「格付け機関が最上格であるトリプルA(AAA)の格付けを与えたからさ・・・」とする解説に直面することが多かった。そこから、「格付け機関は発行体から料金を受領して格付けを出すから、格付けが発行体寄りになるのは不可避だ」となり、「報酬体系が悪い。中立性の確保のために厳格な規制が必要だ」となったり、「内容のよくわからない証券なのだから、発行体と結託して投資家を騙したケシカラン存在だ・・・」という類の批判・非難も登場した。そういう「犯人捜し」がブームの観を呈する状況下では、「あくまで投資のための参考意見であり、格付け方法の基本部分に関しても情報を提供していた」などとする格付け機関側の弁明も、ほとんど効果を奏しなかった。
 「金融機関や機関投資家などのプロの投資家が、そういう証券の内実と格付けの実質を無視して、格付けを妄信したというのか?なぜか・・・、プロだろ?」「内容が分からない証券になぜ膨大な資金を振り向けたもか?」などと問い、格付け機関論議に冷淡な読者も少なくないだろう。「自らの失敗の責任を擦り付けているのさ・・・。そんなものに同調するなんて、ブザマだね」という見方もある。
 とはいえ、「格付けの実態はどのようなものか?」「格付けはどのように行われてきたか?」「格付けの変更(引き下げと引き上げ)がどこでどのように発生したか?」「今回は特別か?」「特別だとしても、満遍なく一律に発生したのか?とくに激しかったのはどこか?」「複数存在する各機関の格付けのperformanceに違いはないか?」「3大格付け機関に限定しても、すべての証券が3社すべてから格付けを取得したのではない。取得数とperformanceの間に目立った関係はないか?」などという設問は、純粋な好奇心のみならず、格付け情報の今後の有効利用のためにも重大だろう。
 この論文は、Moody’s Structured Finance Default Risk Service database, Moody’s Corporate Default Risk Services database, Pershing Square’s Open Source Research (data on CDOs of ABS that were insured by MBIA or AMBAC issued during 2005-2007)の3つのdatabasesのミクロデータを活用して、膨大かつ多様な興味深い情報を提供している。社債格付けの動向との比較や、ITショック時の格付け引下げ頻発時の市場の反応との比較も興味深い。そのうえで、ABS CDO’s credit ratingsの崩壊とでも呼ぶべき大幅引下げの頻発に注目して、その実態・実情にまで立ち入り、簡単な回帰分析まで行っている。
 最後の作業に関しては、テストされる仮説の妥当性、結果の解釈の両面で分析の説得力に多くの疑問が提示された。注目されるrating shoppingに関する検討に関して、たとえば、1社の格付けしか得ていない証券に投資する投資家は、それが許されない投資家が多いことに鑑みれば、特殊な存在であり、発行体はその点を考慮に入れているはずだ。この点を考慮しないで回帰しても・・・という疑問である。
 総じて、格付けの方法と内容、その変更などに関する立ち入った情報の提示という面で興味深い内容の論文であるが、”credit rating crisis”の実質的内容と発生メカニズムに関してまで説得的情報を十分に提供しているわけではない、というのがフォーラム参加者の平均的な評価だろう。詳細については、論文を参照していただきたい。
 慣れない分野の制度の細部にまで関わる論文を紹介していただいた市村さんに深謝する。「これであなたもこの分野の情報通の一人です・・・」と申し上げても喜ばれはしないでしょうが・・・。

 当日の報告用メモは下記からダウンロードできる。

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